5 min (1403 words) Read

PDFをダウンロード

発展途上国は国内王者を育てることで米中に追従すべきか

地政学が国際貿易の景色を一変させている。ほんの数十年前の政策環境が遠い記憶のようだ。1990年代から2000年代にかけての改革期において、発展途上国や過渡期の経済国は市場を開放し、グローバル化を受け入れた。この時期に世界貿易機関(WTO)が設立されて、ルールに基づき差別的でない貿易システムが確立した。また、中国が経済成長に注力し、ロシアが安定化に苦戦するなか、地政学的緊張がなかったことも特徴だった。

現在、政策当局者はグローバル化の未来について議論している。世界経済の分断と、国際貿易ルールの軽視が懸案事項である。産業政策や補助金、国家安全保障や環境への懸念に基づく輸入規制、地政学的なライバルに制裁を加え国内供給を確保するための輸出規制といった形で貿易への介入が生じている。

発展途上国はこの新しい環境を乗り切るために何をしたらよいのだろうか。補助金や貿易規制で自国の主要セクターを保護するために内向き志向になり、同様の政策を採用すべきだろうか。

発展途上国が世界経済に足を踏み入れるべきか、それとも退くべきかという議論はこれまで何度も繰り返されてきた。1950年代には、低所得国の輸出の展望を悲観的に評する者が多く、かつてないほどの交易条件の悪化に見舞われることを懸念していた。グローバル経済の力は、不平等を悪化させて発展途上国を置き去りにしていくとみられていた。低所得国の経済をもっと自立させ、他の市場への依存度を下げるために、輸入代替政策が必要だと考えられていた。

歴史の読み違い

内向き志向が生じる理由のひとつに、歴史の特殊な解釈があった。富裕国が成功したのは製造業を保護したからだと信じ込むことが、産業政策に権威を与えた。しかしこれは歴史を読み違えていることが分かった。高い関税にもかかわらず、アメリカは移民、資本、科学技術に対して開かれた開放経済として成長した。同時に、並外れて大規模で競争が熾烈な国内市場を有している。さらに、高関税のアメリカは、19世紀後半に自由貿易国の英国を1人当たり国民所得で追い抜いたが、これはサービス業の労働生産性を高めた結果であり、製造業の生産性向上によってではない(Broadberry、1998)。西ヨーロッパの経済成長は、リソースを農業から工業やサービス業へシフトすることに関連していた。ドイツなどの国では、低価格競争から農業を保護するための産業政策により、こうした移行が遅れたと考えられる。

全面的な輸入代替の政策は数十年前に支持されなくなった一方で、産業政策に関する議論は今日も続いている。経済的に成功した東アジアの国の経験を踏まえるとこうした政策が好意的に評価されがちだが、ここでも歴史が誤解を招くことがある。1960年、韓国は過大評価された通貨と、GDPのたった1%しかない輸出に悩まされていた。輸入能力はほぼ完全にアメリカの支援に頼っていた。1960年代初頭から半ばにかけて平価切り下げを行った後、韓国の輸出は競争力が高まり爆発的に増加し、1970年代初頭にはGDPの20%に達した。主要な政策は、対象を特定の産業に限定せずに、すべての輸出企業に対し低利の信用を供与するとともに、輸出が盛んになるように現実的な為替レートを設定することなどだった(Irwin、2021)。産業政策が本格的に始まったのは、1973年から1979年にかけて重化学工業振興策がとられてからであり、この政策も過大なコストと非効率性を理由にのちに打ち切られた。韓国の急成長は、産業政策以前にすでに解き放れていた。

産業政策をめぐる議論は長いあいだ膠着状態に陥っている。生産性の向上と構造変革に不可欠だと考える向きもあれば、汚職を招き非効率を助長するという見方もある。アルゼンチンで巨額を投じて行われた、ティエラ・デル・フエゴにおける電子機械組立の促進政策を例に挙げる者もいれば、中国や韓国のきらびやかなハイテク工場を挙げる者もいる。政策効果は誇張されやすい。定量的モデルによれば、最適に設計された産業政策からでも、得られる利益は小さく、改革をもたらす可能性は低い(Bartelmeほか、2021)。

最近注目すべきなのは、アメリカが中国にならって産業政策を明確に採用したことだ。中国は少なくとも、習近平国家主席が鄧小平とその後継者の対外指向政策をやめて経済の国家管理を再開して以来、こうしたゲームを繰り広げている。中国製造2025計画は、特定産業を対象として巨額の補助金を投じるものだったが、現在は、自国企業による国内調達の強化による対外依存の削減と主要技術の自給自足の推進に焦点を当てた「双循環」の考え方に移行している。アメリカはトランプ政権のとき、国家安全保障を表向きの理由として、鉄鋼およびアルミニウム産業を保護し始めた。「CHIPS法」と「インフレ抑制法」によってアメリカは、半導体の製造を自国内に戻す(リショアリング)ための補助金を開始し、電気自動車の国内生産を保証するための自国調達規制を採択した。さらに欧州連合(EU)ではつねに産業政策を採用しており、2020年には、グリーン経済とデジタル経済への移行による「開かれた戦略的自律性」を強化する産業戦略を発表した。

産業への大規模な補助金は、富裕国が享受できるぜいたく品のようだ。アメリカ・中国・EUが補助金を出せる余裕があるからといって、他国がまねをする必要はない。

こうした状況で発展途上国はどうなるのだろう。国家の補助金と貿易規制を通じて特定の国内産業を育成するという米・中・EUの新たな動きに従うべきだろうか。これは危険な戦略だ。補助金が結局高くついて、その恩恵も得られないまま終わってしまう可能性がある。貿易規制は、保護貿易主義への内向きの危険性をはらみ、輸出収入を減らし、必要不可欠な輸入品の購入も縮小させることになる。

産業への大規模な補助金は、富裕国が享受できるぜいたく品のようだ。アメリカ・中国・EUが補助金を出せる余裕があるからといって、他国がまねをする必要はない。リカルド・ハウスマン氏は、「抱えている問題に関して他国の解決策を真似したり、あまり重要でない流行の課題に注力したりするのは、惨事とはいわないまでも非効率なだけだ」と警告している。財政がひっ迫している発展途上国には、財政収支が不安定で成果が不確かな場合、国内生産者に補助金をふんだんに出す余裕はない。乏しい政府支出を効率的に運用するには、国内産業への直接的な充当ではなく、医療や教育の改善、貧しい国民の救済を優先する方が適切だろう。

産業補助金と輸入代替

中国のやり方は、産業補助金が、不足する資源をいかに非効率的に使うことになるかを実証している。2006年に中国は、造船業を「戦略産業」と位置づけ、主に低利融資による大量生産・投資補助を開始した。エビデンスが示すのは、こうした政策が大きな利益を生んでおらず、(過剰な生産能力を考えると)無駄が多く、(効率が良い生産国に生産量を減少させる調整を強いて)市場をゆがめたという事実だ。中国は国際的な市場シェアを、日本・韓国・ヨーロッパの低コストの生産者たちを犠牲にして拡大したが、国内の生産者に大きな利益をもたらすことはなかった(Panel、Kalouptsidi、Bin Zahur、2019)。補助金の導入は、効率性の低い生産者の参入と拡大によって散逸し、過剰生産能力を生み出し、産業の分断を増大させることになった。高効率の民間企業ではなく、国有企業が援助の大半を受け取ったという意味で、資金融資は政治的なものだった。造船業は経済の他分野に大きな波及効果をもたらすことはなく、産業全体が学習した形跡もない。

貿易利益の犠牲

同様に、貿易規制への転換は、発展途上国が国際市場へ参加して得た利益の一部を犠牲にしてしまうおそれがある。ここ数十年、多くの国が、自国のイノベーションを促進するために市場を閉じるのではなく、世界経済に積極的に関与することで経済発展を遂げてきた。中国が豊かになったのは産業政策のおかげではなく、農業の生産性を高め、製造業への外国投資を受け入れ、民間部門を開放してきたからである。インドは、1991年の改革で、民間企業を抑圧していた「ライセンス・ラージ(許認可王国)」を解除し、経済を開放したことで。さらに改革が必要とはいえ、経済成長を続けている。バングラデシュもまた資本と技術をもたらす外国投資の開放による恩恵を受け、いまやインドよりも1人当たりの国民所得は高い。さらにエチオピアやベトナムなどほかの国も、経済的孤立ではなく経済的関与から多くの成果を得ている。なぜなら世界中から技術支援と投資の恩恵を受けているからだ。

ワシントン・コンセンサスの新自由主義的な経済政策を非難するのが流行になっている一方で、この改革期間での市場の開放によって、世界中の豊かな国と貧しい国の間には、歴史的に通例だった乖離ではなく収束が見られた。1990年前後から、発展途上国はさらに急速に成長し、先進国が享受している高所得水準に追いつき始めた(Patel、Sandefur、Subramanian、2021)。

グローバル化が過去のものかどうかという昨今の議論は不毛である。発展途上国が世界経済に背を向け、輸出を支援したり国境を越えて技術を獲得したりするという考えを放棄するのは賢明でない。こうした国々には世界中から得られるものが多く残されている。しかし過去の遺物となった閉鎖的な政策に戻るなら、逆に多くのものを失うだろう。

ダグラス・アーウィンはダートマス大学のジョン・フレンチ経済学冠教授で、ピーターソン国際経済研究所の非常勤上級フェローである。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。

[参考文献]

Bartelme, Dominick, Arnaud Costinot, Dave Donaldson, and Andres Rodriguez-Clare. 2021. “The Textbook Case for Industrial Policy: Theory Meets Data.” University of California, Berkeley, working paper.

Broadberry, Stephen. 1998. “How Did the United States and Germany Overtake Britain? A Sectoral Analysis of Comparative Productivity Levels, 1870–1990.” Journal of Economic History 58.

Irwin, Douglas A. 2021. “From Hermit Kingdom to Miracle on the Han: Policy Decisions that Transformed South Korea into an Export Powerhouse.” Peterson Institute for International Economics Working Paper 21-14, Washington, DC.

Panel, Jia Barwick, Myrto Kalouptsidi, and Nahim Bin Zahur. 2019. “Industrial Policy Implementation: Empirical Evidence from China's Shipbuilding Industry.” NBER Working Paper 26075, National Bureau of Economic Research, Cambridge, MA.

Patel, Dev, Justin Sandefur, and Arvind Subramanian. 2021. “The New Era of Unconditional Convergence.” Journal of Development Economics 152 (September): 102687.