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保護主義によって、世界的に強靭性が低下し、格差が広がり、紛争が起こりやすくなる可能性がある

4年前のことだが、ブレトンウッズ75周年を記念した本誌の2019年夏号に、貿易の未来に関する記事を私たち共著者の1人、ゴールドバーグが寄稿している。同記事の趣旨は、グローバル化後退を示す強力な証拠はないものの、国際貿易とその基盤である多国間制度への風当たりが強くなっており、それらの未来は政策面での選択にかかっている、というものだった。当時から現在までの間に、一部の世界的経済大国では、政策当局者が国際統合の進展に停止ボタンを押す決定を下しており、その中には、保護主義的・自国第一主義的な政策を積極的に進める事例も複数見られる。

現時点でも、国際貿易が脱グローバル化しているという、決定的な証拠は存在しない。世界貿易の伸びは、米ドル換算で見ると、2008〜09年の世界金融危機後に鈍化し、2020年の新型コロナ危機勃発時に急速に縮小した。しかし、その後、過去最大規模まで貿易は回復している。ただし、世界貿易額を対GDP比で見ると、わずかに減少している。この主要因は、中国とインドだ(図参照)。前者は、国際貿易・投資を歓迎しつつも、国内消費を重要視する「双循環」戦略を何年も推進してきた。両国では、先立つ数十年間に経験した異例の輸出ブームが終わっており、また、中間財の輸入が以前よりも減少している。こうした変化が世界貿易の対GDP比に反映された結果だ。一方で、両国以外については、中間財輸入の対GDP比が今も伸びている。同じ点が輸出にも当てはまる。

IMF

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米中双方が2018年に導入した関税は、貿易の縮小につながらなかった。これら関税は、想定通り、米中二国間の貿易を抑制した。しかし、関税の影響が特に大きかった製品群の貿易は、両国以外の世界各地で拡大したのだ。別の表現をするならば、貿易は再配分されただけで、縮小しなかった。そして、米中関税戦争は、地域内・複数国間での貿易協定を推進する他国の動きを止めもしなかった。アフリカ連合や東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)の締結国などは引き続き貿易協定を推進したのだ。

新型コロナウイルスの世界的流行に伴い、数多くの国が医薬品の輸出を制限した。一部諸国は、ロシアがウクライナを侵攻し、価格が高騰した後に、小麦など食糧の輸出を停止している。しかし、多くの政府が依然として経済統合を積極的に進めている。例えば、専門職外国人の労働要件を緩和したり、共通安全基準を導入して、消費財の流れを円滑にしたりといった事例が見られる。

もちろん、政策環境の変化に対する貿易の反応が遅れて生じる場合もある。そして、政策自体も、国民感情の変化に後れを取るかもしれない。報道記事や研究論文でも、「国家安全保障」や「リショアリング」といった言葉の使用頻度が高まっている。この点を特に良く示しているのは、シカゴ大学ブース経営大学院が先日、経済学者を対象に実施したアンケート調査であろう。2018年3月には、調査対象者全員が当初の米国関税に反対していた。しかし、2022年1月になると、アンケート回答者はグローバルなサプライチェーンに懐疑的になっている。経済学者44人中2人のみが、「外国の投入財に依存した結果、米国産業はショックに脆弱になった」という意見に、異議を呈した。

超グローバル化

1990年代から具現化した超グローバル化の時代は、以降、偉大な経済的成果と結び付けられてきた。世界銀行が定義する、極度の貧困は、劇的に削減され、少数の制度的に脆弱な国を例外として、その根絶があまねく予想されていた。この推進力のひとつが、飛躍的な成長を遂げた東アジア諸国だった。1人あたりの所得で測った生活水準は、世界中で向上した。

貿易に開放された国々の消費者は、地球上のあらゆる場所から届く、驚異的なまで豊富な種類のモノを手ごろな価格で入手できた。スマートフォン、パソコンなど電子機器のおかげで、先人たちがかつて思い描いた以上に、高い生産性が実現されたり、多彩な娯楽が提供されたりするようになった。航空券の価格低下によって、国外移動も容易になり、新たな文化や考えに触れられるようになった。昔は、超富裕層にしか許されなかった体験だ。 

こうした生活水準の向上に貢献した要因は数多くあるが、開放性など市場志向の政策が不可欠な役割を果たしてきた。(当時は)賃金水準の低かった国との貿易によって、先進国ではモノの価格と賃金に影響が生じ、先進国の消費者と輸出国の労働者にとって、プラス効果となった。物価上昇率は、アメリカの量的緩和と債務増加にもかかわらず、驚くほど低水準で推移した。

最後に、西洋諸国では歴史的に希少なことに、平和が長期間にわたり継続し、繁栄が促進された。こうしたことに大いに貢献したと言えるかもしれないのは、20世紀末までに実現された、世界的な相互連結性の緊密さだ。相互に連結した世界では、品行方正であろうとする動機付けが誰に対しても働く。超グローバル化時代の戦争は、現在私たちの目の前で展開しているように、世界的なサプライチェーンの断絶を意味し、世界経済に惨憺たる影響をもたらしうる。

しかし、表面下では、グローバル化への反動につながる緊張が高まっていた。こうした脱グローバル化の動きを、3段階に分けて検討したい。第1段階は、2015年前後に始まった。この段階では、低賃金の国との競争やグローバル化への不安に伴い、イギリスが欧州連合を離脱し、米中が関税と報復関税を導入し、ヨーロッパでは過激主義思想が再燃した。

世界的な反動

世界人口の平均的な生活水準は2010年代末までに改善しているが、先進国では多くの労働者が親世代よりも暮らし向きが悪くなり、取り残されたように感じていた。こうした分配効果を取り上げた経済学的研究は数多くあり、研究からは地理的な要素もはっきりと見て取れる。産業化の空間的パターンにより、低賃金の国との輸出競争の影響が大きかった地域は、輸出の影響を免れた地域よりも、さえない結果となっていた。

そして、これに伴い、アメリカとイギリスで重大な政治的影響が生じた。同時に、グローバル化によって、強大な力をもつ成功者が生まれた。コスト減と収益増というかたちで、グローバルなバリューチェーンの超専門化から利益を得た大スター級の多国籍企業と、市場拡大と新たな経済的機会に乗じて、その果実にありつけた高給取りの一群である。取り残された人々もいれば、ぶっちぎりのスピードで進んでいた人もいたのだ。

世界貿易に対する政策と世間の態度には、明らかな変化があった。何がその原因だったのか、様々な要因がどう影響したのか、次は何が起こりうるのか。

こうした影響が、主流の経済学者から正当な評価を受けるまでには、時間がかかった。しかし、多くの点で、こうした影響は以前から見られたもので、貿易がもたらす分配上の利害対立と、全体の厚生との間に生じる、いつもの緊張関係を反映していた。しかし、こうした変化の速度と深刻度に伴って、この緊張関係に新たな側面が生まれた。同様に、経済学者がこの問題に関して行う提言にも、基本的に何ら新しい点はない。大半の経済学者が、解決策として、保護主義を否定し、何らかの形態で勝者から敗者に再分配を実施するように勧めた。

同時に、欧米諸国の政府は、中国との競争が「不公平」だという懸念を深めていた。中国政府による補助金、また、中国市場参入を図る企業に課された規制がその背景にあった。その結果、中国がもはや貧しい発展途上国でなくなったことも踏まえて、対立志向の濃い対中政策を求める声が強まった。

もちろん、過去にも世界貿易に対する反動は見られていた。顕著な例が、1999年の米シアトルでの抗議運動だ。しかし、これらの反動は政策に影響を及ぼさなかった。また同様に、2015〜18年に見られた反グローバル化の動きが、グローバル化の未来に対して恒常的な影響を残すことになるだろうと信じる理由も大して存在しなかった。結局のところ、世界は相互に連結しすぎていて、旧体制に戻ることは不可能だったのだ。

パンデミックの圧力

脱グローバル化運動の第2段階は、2020年のコロナ禍勃発時に、強靭性を求める声とともに始まった。しかし、強靭性とは何だろうか。明確なベンチマークは存在しない。強靭性の定義と尺度は、ショックの性質によって変わってくる。新型コロナウイルスを例にとると、供給ショックと需要ショックの両側面があった。供給面では、主要なサプライヤーが世界各地でばらばらに都市封鎖に直面し、配送に遅れが生じた。需要面では、自動車やセカンドハウスなど耐久財と医薬品に対する需要が急速に高まった。

コロナ禍の最中、国際貿易の断絶による配送の短期的な遅れや供給不足は、広く危機として描写されてきた。しかし、この大半は誇張されており、実のところ、市場は非常に力強い強靭性を見せた(Goldberg and Reed 2023a)。例えばアメリカは、さまざまな国から医薬品・医療用品を輸入している。その例外がマスクだが、2020年に中国から輸送されたマスクは、数か月後には到着していた。つまり、供給不足は大幅に緩和されたのである。

こうした事例からは、国際貿易の強靭性が高まっていることがわかる。同様に、アメリカは貿易関係の維持事実上、図っている。全体的な貿易量は減少したものの、輸入業者は外国側とより定期的に取引したり、新たな供給元を見つけようとしたりした。定量的モデルシミュレーションに基づく他の研究でも、国際貿易によって国の経済の多角化が進み、その結果、強靭性が向上することが示されている(Caselli and others 2020; Bonadio and others 2021)。直感的にわかる表現をすると、供給ショックは各国内よりも各国間で相関性が低く、複数の調達先が確保されていると、各国固有のショックへの対応がより簡単になるのだ。

一般的に、サプライチェーンの脆弱性を強調して貿易に反対する意見は、実際のエビデンスと一致しない。こうした貿易への反対意見は、第1段階に端を発した保護主義的な感情を煽るために用いられてきた。しかし、結局のところ、当初の効果は持続していないのだ。感染症制御の面で峠を越えた2021年には、貿易が急成長している

地政学的な圧力

3段階は、2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻とともに始まった。一般市民の目線に立つと、調達先を特定の国々に特化することに付随する新たなリスクが際立った。ロシアが欧州へのガス供給を打ち切り、エネルギー価格が天井知らずの高騰を見せる中、重要な投入財を単独国家に依存することの落とし穴が明白になった。これは、ロシア固有の懸念点ではない。諸国はこの事態をもとに、中国とのデカップリングを一夜にして行う羽目になった場合、どのような事態になるのか推測・深慮し始めたのだ。政策当局者の結論は、中国とのデカップリングがまだであれば、自国の望むかたちで今すぐ分離するのが良いだろう、というものだった。

同時期に、国際的な厚生がゼロサムゲームだという考え方に代表される、新たな考えが広がっていった。アメリカは最先端型の論理チップやメモリチップ、またそれらの生産機器の対中輸出を禁じる措置を講じた。半導体技術は、確かに軍事用途に応用可能で、その禁輸は、中国軍にとって足枷となりうる。しかし、民生部門にさらに多くの用途があるため、こうした禁輸は民生技術の開発を遅らせることになる。あらゆる国々での貿易・競争・革新が推奨されていた世界は消え去り、先進国が競争だけでなく、排除も模索する世界が生まれた。

現時点で何らかの予測をしても、バクチのようなものだ。以前同様に、結果は政策面での選択に大きく左右される。ひとつの可能性は、脱グローバル化の動きがこれ以上進行しないというものだ。このシナリオでは、デュアルユースの疑いが妥当な技術にのみ、その利用から排除する介入措置が限定的に適用され、その一方で、他製品の貿易は今後も発展する。しかし、別の可能性もある。世界が対立する集団へと分断化され、米中(と双方の同盟国の)間で新たな冷戦が展開されるというシナリオだ。後者の可能性通りに物事が進むと、その代償は深刻なものになるだろう。

新たな冷戦

多くの長期的成長モデルは、人口規模が研究開発において果たす役割を強調する。人口規模で他を圧倒する大国は、様々な製品市場で有力な地位を築いている点からもわかるように、新たなアイディアや絶対的な優位性を生み出すことが予期されている。米中間の科学協力が停止すると、世界的な感染症や地域固有の病気が次に発生したときに、世界で利用可能な解決策が減っているかもしれない。

より一般的に言うと、「非友好的」な相手国からの分離を図ろうとすると、低コストの調達先候補を除外することになる。ここで脱炭素化を例にとると、太陽光パネルのコストは、欧米諸国のほうが中国よりもかなり高い。産業界の試算によると、関税によって、その設置ペースが鈍化したようだ。気候変動対策は、喫緊の課題だ。1年が失われる度に、損害は大きくなり、緩和コストも相当に膨らむことになる。

これは、強靭性強化の代償なのだろうか。世界貿易を制限しても、強靭性にはつながりそうにない。先述の通り、強靭性の評価は、各種ショックへの言及なしに行えない。貿易先を「友好国」に限定すると、地政学的リスクへの強靭性が少なくとも短期的に向上すると示唆されるかもしれない。しかし、友好の概念自体も常に変わる可能性がある。一方で、この形態の貿易は、直近の公衆衛生ショックのように、他の種類のショックに対する強靭性の低下につながりうる。

国内での格差も悪化するかもしれない。貿易障壁の高まりは、物価上昇につながり、実質賃金の低下に帰結しうる。グローバル化は、空間的な格差拡大に寄与したかもしれない。しかし、保護主義では、その治療はできない。むしろ、問題をさらに悪化させる可能性が高い。諸国間で、世界的な格差を深刻化させるリスクが存在する。地理経済的な分断が、「友好的」な高所得国間での貿易拡大につながるかもしれない。貿易協定を通じ、環境基準・労働基準をさらに重視すると、非常に貧しい国々にとっては、参入障壁が高くなるだろう。こうした国々が基準要件を満たすことは、困難だ。収益性の高い外国市場に参入できないと、これら貧困国は、貧困削減や開発につながる明らかな道のりを失ってしまう(Goldberg and Reed 2022)。

しかし、最大のリスクは、平和に対するものかもしれない。冷戦はしばしば、熱い戦争へと姿を変えた。1930年代の戦間期には、多国間貿易が後退し、帝国内、また、非公式の勢力圏内部での貿易を進める動きが見られた。歴史学者 は、こうした変化によって、第二次世界大戦勃発にかけ、各国間の緊張が悪化したと主張してきた。今後の何年間かが、こうした交戦に先立つ時代の繰り返しにならないことを祈るしかない。

 

本テーマに関する詳細な議論は、「Brookings Papers on Economic Activity」2023年3月号で本記事共著者が発表した論文「Is the Global Economy Deglobalizing? And if So, Why? And What Is Next?」をご覧ください。
ピネロピ・コウジャノウ・ゴールドバーグはイエール大学のエリフ記念経済学・国際問題教授。同大学の経済成長センターにも所属。
トリスタン・リードは、世界銀行開発研究グループのエコノミスト。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。

[参考文献]

Bonadio, Barthélémy, Zhen Huo, Andrei Levchenko, and Nitya Pandalai-Nayar. 2021. “Global Supply Chains in the Pandemic.” Journal of International Economics 133 (November): 103534.

Caselli, Francesco, Miklós Koren, Milan Lisicky, and Silvana Tenreyro. 2020.“Diversification through Trade.Quarterly Journal of Economics 135 (1): 449–502.

Goldberg, Pinelopi K., and Tristan Reed. 2022.“Demand-Side Constraints in Development: The Role of Market Size, Trade, and (In)Equality. Yale University Working Paper, New Haven, CT.

Goldberg, Pinelopi K., and Tristan Reed. 2023a. “Is the Global Economy Deglobalizing? And if So, Why? And What Is Next?” Brookings Papers on Economic Activity (March).

Goldberg, Pinelopi K. 2023b. The Unequal Effects of Globalization. Cambridge, MA: MIT Press.