AIは人間の知能を凌駕する方向に向かっているかもしれず、それに備えるべきだ。

人工知能は急速に進歩しており、近年その進化のペースが加速している。2022 年 11 月に公開されたChatGPTは、人間と同等の水準の文章とコードを生成し、言語を滑らかに翻訳し、クリエイティブなコンテンツを作成し、参考になる形で人間の質問へ回答することすべてを、これまでにないレベルで成し遂げ、ユーザーを驚かせた。

その背景では、生成AIの基盤モデルが10年以上にわたって急速に進歩していた。最先端のAIシステムのトレーニングに使われる計算資源(コンピュート資源)の量は、過去 10年間で半年ごとに倍増している。最先端の生成AIモデルが今日できることは、ほんの数年前には考えられなかった。世界有数のコンサルタントやプログラマー、エコノミストにでさえ、AIは生産性を大幅に向上させることができるのだ(Korinek、近日公開)。

AIの加速に関する推測

近年の人工知能の進歩を踏まえ主要な研究者は、現在の進歩のペースが維持されるだけでなく、今後数年間で加速する可能性があると予測している。2023年5月、深層学習の理論の基礎を築いたコンピューター科学者であるジェフリー・ヒントン氏は、自身の視点の大きな変化について次のように述べる。「これらがわれわれよりも賢くなるかどうかについて、私の見解が急に変わった」。ヒントン氏は、人間が実行できるあらゆる知的作業を理解し、学習し、実行する能力を持つAIである汎用人工知能(AGI)が、5年から20年のスパンで実現する可能性があると推測した。

一部のAI研究者は懐疑的である。AIに関する視点が多岐にわたることは、進歩が加速しているのか、最終的に横ばいになるのか、将来の進歩の速度に関して不確実性が非常に高いことを反映する。さらに、われわれは、AIの進歩がもたらすより広範な経済的影響や、ますます高度化するAIアプリケーションによる利益と害の見通しについて、大きな不確実性に直面している。

この不確実性は根本的には、知性と人間の脳の力に関する奥深い疑問にも関係している。図1は、人間の脳が実行できる作業の複雑さの分布について、ふたつの競合する視点を示す。

パネル1は、より複雑な作業を解決する人間の脳の能力が無限であるというひとつの視点を示す。これは、産業革命以降のわれわれの経験と一致する。自動化が進むにつれて、人間は単純な作業(機械的作業と認知的作業の両方)を自動化し、より多くの労働者を残りのより複雑な作業に再配分した。過去の経験を単純に将来に当てはめれば、AIが進歩し、ますます多くの認知的作業を自動化するにつれて、このプロセスが続くこととなる。

1のパネル2に示した別の見方では、人間の脳が実行できる作業の複雑さには限界がある。情報理論は、人間の脳がコンピューターのような主体であり、常に大量のデータを処理していることを示唆している。脳のインプットには、視覚、聴覚、触覚などの感覚的知覚が含まれ、そのアウトプットは身体的行動、思考、感情的反応として現れる。感情、創造性、直感など、われわれを人間らしくする複雑な側面でさえ、神経回路と生化学反応の複雑な相互作用から生まれる計算出力と見なすことができる。これらのプロセスは非常に複雑で、完全には理解されていないが、この視点は、人間の脳が実行できる作業の複雑さには決定的な上限があることを示唆している。

このふたつの視点は、将来の自動化の潜在的な範囲に対して大きく異なる意味合いを持つ。2023年現在、人間の脳は、幅広い知的作業を確実に実行する能力に関して、最も進んだコンピューターである。しかし、2番目の視点が正しければ、最新のAIシステムは急速に追いついてきている。実際、最先端の基礎モデルの計算量を測る多くの指標は、すでに人間の脳に近い。人間の脳は、処理できる計算の複雑さが生物学的に制限されており、他の知的存在(人間またはAI)に情報を伝達する能力は、われわれの感覚と言語の情報伝達が遅いことによって制限されている。一方、AIシステムは急速に進歩し続けており、はるかに速い速度で情報を交換できる。

複数のシナリオに備える

エコノミストは長い間、不確実性に対処する最適な方法がポートフォリオアプローチであると考えてきた。AIの今後の進歩について、世界的に著名な専門家の見解が大きく異なることを考えると、ひとつのシナリオにすべてを賭け、そのシナリオに基づく経済計画を立てるのは賢明でない。むしろ、将来がどうなるかについての不確実性は、リスクを回避すべく、これまで通りのあり方からAGIの可能性まで、実現し得るさまざまなシナリオを慎重に分析する動機付けとなるべきだ。シナリオ計画は、現在漂う不確実性のレベルを適切に評価するだけでなく、潜在的な機会とリスクを具体化し、コンティンジェンシープランを作成し、起こりうる複数の結果に備えることに役立つ。

以下は、経済政策当局が注意を払うべき幅広い結果にわたる3つの技術的シナリオである。

シナリオ I (従来的、これまで通りのあり方): AIの進歩により、生産性が高まり、さまざまな認知作業が自動化する一方で、影響を受ける労働者が、これまでよりも生産性の高い新しい仕事に就く機会を生み出す。この見方は、図1のパネル1が示す。

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シナリオII(ベースライン、20年後にAGI): AIは今後20年間で、徐々にAGIへと進歩し、その結果、期末までにすべての人間の作業を実行できるようになり、労働力の価値が下がる(Susskind、近日公開)。これは、図1のパネル2で捉えた有限の脳力の視点と、最も複雑な認知タスクをAIができるようになるまでに20年かかるという仮定を合わせたものである。

シナリオIII(積極的、5年後にAGI): このシナリオはシナリオIIを再現しているが、より積極的なタイムラインで、AGIに伴う労働への影響すべてが5年以内に実現する。

不確実性は極めて高いが、本稿執筆時点では、これらのシナリオはいずれも10%以上の確率で実現すると見積もっている。不確実性を考慮し、将来に十分に備えるために、政策当局者は、これらのシナリオを真剣に受け止め、それぞれのシナリオで経済・金融政策の枠組みがどのように機能するかをストレステストし、必要に応じて、確実に適切な枠組みを確保すべく、改革を進めるすべきであると考える。

これら3つのシナリオは、経済成長、賃金と資本収益率、財政の持続可能性、格差、政治的安定など、幅広い指標において、著しく異なる経済的結果をもたらす可能性がある。さらに、社会的セーフティネットや税制の改革を求め、金融政策、金融規制、産業・開発戦略のあり方に影響する。

コリネックとサー(2023)は、自動化の主流なマクロ経済モデルにおける生産と賃金について各シナリオの影響を分析している。図2は、これら3つのシナリオの結果を、パネル1に各シナリオの生産高経路、パネル2に競争力のある賃金の経路を示している。

3つの主な洞察が際立つ。

第1に、保守的な「これまでのあり方」のシナリオでは、過去数十年で慣れ親しんだ軌道に沿って成長が続いているのに対し、ふたつのAGIシナリオでは、労働力不足が もはや生産の制約ではなくなったため、生産高の伸びがはるかに速くなる。

第2に、賃金は3つのシナリオすべてで最初に上昇するが、それは労働力が不足している間のみである。経済がAGIに近づくにつれ、賃金は急減する。

第3に、ふたつのAGIシナリオにおける生産の急増と賃金の急減は、どちらも同じ力(つまり、希少な労働力を比較的豊富な機械に置き換えること)が働いている。このことは、労働者の所得減を補償し、AGIから得られる利益が繁栄の共有につながることを保証する制度を設計することが可能であることを示唆している。

AIの今後の進歩についての見解が大きく異なることを考えると、ひとつのシナリオにすべてを賭け、そのシナリオに基づく経済計画を立てるのは賢明でない。

図2は、前例のない技術変化がマクロ経済に及ぼす影響の大まかな道筋を示すが、正確な予測というよりは、あり得るシナリオとして理解するのが良いであろう。そしてこの道筋には注意事項がたくさんある。第一に、図が基づいているモデルは、労働力が競争力のあるリターンを得る効率的な経済を前提としている。組織的な摩擦、規制、チップサプライチェーンのボトルネックなどの資本蓄積の制約から、AGIの導入に関する社会的選択に至るまで、さまざまな要因でAGIの展開が技術の進化よりも遅くなる可能性がある。労働者に取って代わることが技術的に可能であっても、社会は人間を特定の機能(例えば、聖職者、裁判官、立法者など)にとどめておくことを選択するかもしれない。その結果として生じる「昔懐かしい」仕事は、人間の労働力に対する需要を永続的に維持する可能性がある(Korinek and Juelfs、近日公開)。

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政策当局者は、物事が展開する中で、将来がどのAIシナリオに最も似ているかを判断するために、進歩のペースを予測するためのすべての取り組みが大きな不確実性に直面していることを念頭に置いて、複数の領域にわたる先行指標を監視しなければならない。有用な指標は、技術ベンチマーク、AI開発への投資額水準、経済全体でのAI技術の採用、その結果としてのマクロ経済と労働市場の動向など多岐にわたる。技術ベンチマークは、AIシステムが幅広い労働タスクをどれだけうまく実行しているかを最も直接的に測定する。研究開発、人材、コンピューターチップへの投資などの投資レベルは、AI開発にどれだけのリソースが流れているかを捉える。経済のあらゆる分野でAIの導入が進んでいることを示す指標は、結果として得られるシステムが実際に有用に展開されているかどうかを捉えることができる。最後に、マクロ経済への影響は、やがて生産性統計や労働市場の動向に表れるようになるであろう。

これらの補完的なシグナルを追跡することで、政策当局者は、AIの現実が顕在化するのに合わせて政策対応を調整することができる。しかし、われわれは傲慢になってはならない。未来はわれわれを驚かせる可能性が高いからである。

先に述べた3つのシナリオが示唆する経済の軌道が大きく異なることは、将来の展開に機敏に対応できる適応的な政策枠組みを策定することの重要性を浮き彫りにしている。政策当局者は、各シナリオに照らして既存の制度のストレステストを行い、必要に応じて改革して強靭性を確保すべきである。これには、税制の改革や社会的セーフティネットの拡大などの段階的な措置や、必要に応じて引き上げられる少額の基本所得の導入などの新しいプログラムが挙げられる。

政策当局者は、専門家チームにシナリオ計画を繰り返させ、さまざまなシナリオの確率がどのように進化するかについての見解を定期的に更新できるようにしなければならない。適応可能なシナリオに基づくアプローチを採用し不確実性を受け入れることで、AIの継続的な進化による経済分野の利益を最大化し、リスクを軽減することができよう。

アントン・コリネックは、バージニア大学ダーデン・スクール・オブ・ビジネスの経済学部の教授。AIガバナンスセンターのAI経済学部責任者、全米経済研究所のリサーチアソシエイト、経済政策研究センターのリサーチフェロー。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。

[参考文献]

Korinek, Anton. 2023. Generative AI for Economic Research: Use Cases and Implications for Economists. Journal of Economic Literature 2023, 61(4).

Korinek, Anton, and Megan Juelfs. Forthcoming. “Preparing for the (Non-existent?) Future of Work.” Oxford Handbook of AI Governance. Oxford, UK: Oxford University Press.

Korinek, Anton, and Donghyun Suh. 2023. “Scenarios for the Transition to AGI.” University of Virginia working paper, Charlottesville, VA.

Susskind, Daniel. Forthcoming. “Technological Unemployment.” Oxford Handbook of AI Governance. Oxford, UK: Oxford University Press.