金融機関のAIへの支出額、2027年までに倍増する見込み

世界の金融機関や中央銀行にとって人工知能(AI)ツールとそれに充てる人材が必須となる。

金融サービス企業のAI能力を追跡するスタートアップ企業であるエビデントインサイツ社(ロンドン)によると、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニーでは2023年6月に、3,600件のAI関連求人があった。

エビデントインサイツの創業者であるアレクサンドラ・ムサビザデ氏は「人材をめぐる争いが起きている」と述べる。「今、先手を打つことは、まさに生死にかかわる問題である」

他の技術的ブレークスルーと同様に、AIは新たな可能性を秘めている。そして、新たなリスクも伴う。金融サービス業界は、資産保護や市場予測を改善できるようになる可能性があり、この技術から最も恩恵を受ける部門のひとつである。一方、AIが窃盗や詐欺、サイバー犯罪、さらには投資家が今日では想像もできないような金融危機を促した場合、この部門が最も大きな損失を被ることとなり得る。

2022年11月に米オープンAIが「ChatGPT」を公開したことで、金融業界やその他の業界に波紋が広がっている。瞬く間にユーザー数が1億人を超え、インターネット史上最も急成長したアプリケーションとなった。

金融業界では、AIの活用方法を知っている人材の需要が世界的に高まっている。エコノミスト兼数学者であり、モルガン・スタンレーのカントリーリスクの元共同責任者であるムサビザデ氏は、エビデント社の人材指数の上位10都市のうち3都市がインドにあると言う。

金融へ流れ込む資金

金融機関やその他の企業がAIに投じている額は、新たな優先事項を浮き彫りにしている。市場調査会社のインターナショナルデーターコーポレイションによると、AIシステム向けのソフトウェアやハードウェア、サービスの売上高は今年、29%増の1,660億ドルになり、2027年には4,000億ドルを超える見込みである。金融部門のAIへの支出は2027年に倍以上の970億ドルとなり、年平均成長率が29%と、主要5産業の中で最も速いペースで成長する。

最先端技術のパイオニアであり続けてきたヘッジファンドは、生成AIを積極的に採用している。運用資産が総額2,500億ドルに相当する複数のファンドを対象としたBNPパリバの調査によると、ヘッジファンドの半数近くがChatGPTを業務に使っており、そのうちの3分の2超がマーケティングの文言を作成したり報告書や文書を要約したりするために使用している。

投資企業は、さまざまな業務においてAIの潜在力を活用・模索している。欧州最大の投資会社であるアムンディは、マクロ経済と市場に関する調査に使う独自のAIインフラを構築している。また、個人顧客向けのロボアドバイザーツールなどのアプリケーションにもAIを使っている。

2兆ユーロ(2兆1,000億ドル)を運用するパリに本拠を置くアムンディは、AIベースのツールを使用して、1億人を超える顧客のリスク志向を聞き取り、ポートフォリオをカスタマイズしている。回答は、ポートフォリオを形成し、リアルタイムの投資家心理を測定することに役立つ。

AIツールは過去のデータで訓練されているため、危機が起きた際、前例のない状況において現実を反映していない可能性があり、原因が何であれ、危機が悪化し得る。
全体像

アムンディの研究・戦略部門であるアムンディ・インベストメント・インスティテュートのモニカ・ディフェンド首席エコノミストは「この種のアルゴリズムにより、顧客の動きが分かる」と述べる。「顧客にとってメリットがあるだけでなく、ユーザーベース全体の考えがどのように変化しているかを総合的に把握することもできる」

投資や取引に関する企業の意思決定など、その他の用途では、信頼性が低いことが証明されているデータにおいて、または前例のない影響の大きい状況下で、AIを制限することができると言う。また、悪用を避け、安全かつ倫理的、そしてコンプライアンスに準拠した枠組み内でAIが使用されるようにすることも優先事項である。

「人工知能は脳に取って代わることはできない」とディフェンド氏は言う。完全にAI主導型のあり方は危険な可能性があると指摘する。「アルゴリズムが何を提供しているかを解釈し、理解し、確認することも同様に重要である」

米国最大の金融機関であるJPモルガンは、年間150億ドル超をテクノロジーに費やしており、約30万人の従業員のほぼ5分の1がテクノロジーに従事している。AIの研究グループにて200人を雇用し、AIで調査やマーケティング、リスク管理、不正防止など、何百もの用途を実現している。AIはまた、世界中の決済処理システムや送金システムにも活用されている。

ジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は今年の4月、株主に対して「AIは絶対に必要である」と語った。

中央銀行の世界

国を守る政策当局者にとっては、重みが違う。民間企業よりも意図的に動きが遅く、リスク回避的である中央銀行は、まったく異なる状況でAIを活用する方法を学んでいると同時に、その潜在的なリスクを比較検討している。

AIは、監督など、中央銀行のさまざまな業務で有望視されている。ブラジルの中央銀行は、金融機関に対する消費者の苦情をダウンロードし、機械学習によって分類するプロトタイプのロボットを作った。インド準備銀行は今年、監督業務にAIと、AI関連の分析作業を導入するために2社のコンサルティング会社、マッキンゼーとアクセンチュアを雇った。

バーゼル銀行監督委員会は、与信判断やマネーロンダリングの阻止においてAIを導入することによって融資がより効率的になることを判明した。中央銀行と銀行監督機関の当局から成る同委員会は、規制の基準を設定する世界有数の機関のひとつである。委員会は、不透明なモデルから得た結果を解釈することや、サイバーリスクの増大およびバイアスの可能性などの危険性も指摘した。

同委員会のニール・イーショ事務局長は昨年、「何が安全・健全かを判断し、責任あるイノベーションと無責任なイノベーションを区別する監督プロセスは、間違いなく改善していく」と述べた。「現段階では、先の道のりはまだ長い」

委員会は、スイスのバーゼルに本部を置く国際決済銀行(BIS)のなかに事務局を設けている。主要な中央銀行から成るBISは、さまざまな潜在的用途を試してきた。例えば、BISイノベーションハブの プロジェクトオーロラは、機械学習の一種であるニューラルネットワークが、従来の方法では特定できない取引のパターンや異常を見つけ出すことで、マネーロンダリングの発見に役立つことを示した。

異常検出

カナダ銀行は、規制当局への提出書類の異常を見つけ出すための機械学習ツールを構築した。データ科学部のディレクターを務めるマリアム・ハジギ氏は、毎日自動的にAIの検出作業を実行することにより、人間が見逃してしまうようなものもAIが見つけ出し、その分、分析のフォローアップに人員を割けるようになったと述べる。

「これは、中央銀行にとってAIが真に輝くことができる分野の一例である」と語った。「これはかなり単調な作業であり、AIを訓練することで、人間よりもうまく、より速く処理できるようになる」

欧州中央銀行(ECB)は、1,000万の企業や政府機関からのデータの分類を自動化したり、ウェブスクレイピングして製品価格をリアルタイムで追跡したりすることなどにAIを使用している。また、この技術を使って、銀行の監督当局がニュース記事や監督報告書、企業提出書類を見つけて解析できるようにしている。

ECBのチーフ・サービス・オフィサーであるミリアム・ムファッカー氏は、データ量が飛躍的に拡大する中、特に体系化されていないデータにおいて、データを分かりやすく整理することが重要な課題であると述べる。AIは、重要な分類作業において、人間を助けることができる。ECBはまた、コーディングやソフトウェアの試用、さらには一般大衆へのコミュニケーションを分かりやすくする作業を助けるために、大規模言語AIモデルを検討している。

金融安定性

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究者であるジョン・ダニエルソン氏は、AIが 金融システムに与える影響を研究しており、AIの能力が、基礎から上級までの範囲のどこかに位置すると考える。基礎的なスキルでは、チェスが挙げられ、広く知られるチェス盤上の駒とルールがある。そこでAIは、人間を簡単に打ち負かすが、複雑さが増すとともにAIの優位性が低下する。予期せぬ状況に直面した人間は、経済学や歴史、さらには倫理や哲学など、さまざまな知識を活用して、より良い情報に基づいた決定をすることができる。「これこそが、人間がAIを打ち負かす強みだ。今のところは」とダニエルソン氏は述べる。

AIは、クレジットカードの申し込みの処理など、すでに重要な財務上の意思決定をしており、公共部門と民間部門に急速に浸透している。この技術は、銀行が顧客を巧みに利用したり、詐欺やマネーロンダリングを許したりするなどの、不正行為を防止することに役立つ。同時に、このように用途を拡大することで危険をもたらす可能性があるとダニエルソン氏は指摘する。

「テクノロジーを信頼し始め、ますます使うようになると、テクノロジーが人間の領域に忍び寄ってくる」と言う。

米国証券取引委員会のゲイリー・ゲンスラー委員長は、AIは金融危機を引き起こす可能性があると警告する。ゲンスラー氏は、世界全体の5分の2を占める46兆ドルの株式市場を守る責任を負う。同氏は7月、記者団に対して、AIによる金融安定リスクは「システム全体、またはマクロプルーデンス政策の介入に関する新たな考え方」を要すると語った。「AIを通して個人は、基盤モデルやデータ収集会社から同じシグナルを受け取るため、AIは、同様の決定を下す群衆行動現象を促進する可能性がある。よって金融の脆弱性が高まりかねない」

この警告は、マサチューセッツ工科大学のグローバル経済学と経営学の教授として、2020年にリリー・ベイリー氏と共同で深層学習に関する論文を発表したゲンスラー氏の研究を反映する。両氏は論文で、AIのサブセットが「これまでに見たことのない予測力を提供し、効率性、金融包摂、リスク軽減のための大きな機会を切り開く」と述べた。一方、以前の時代に根ざした金融規制が、「金融における深層学習の広範な採用がもたらすシステミックリスクに対処するには不十分であろう」と警告した。

「ポリクライシス」の要因に

ベルリンに拠点を置く欧州政策センターでデジタル化・新技術部門の責任者を務めるアンゼルム・カスタス氏によると、AIツールは過去のデータで訓練されているため、危機が起きた際、前例のない状況において現実を反映していない可能性があり、原因が何であれ、危機が悪化し得ると言う。カスタス氏は、経済史の専門家であるアダム・トゥーズ氏が提唱した「ポリクライシス」という用語を引用し、異なるショックの相互作用が、それぞれのショックを合わせた状況よりもひどい事態になることを指摘している。

カスタス氏は、不透明なAIアプリケーションの使用が増えると、負のフィードバックループを急速に増幅させる恐れがあるため、「新たなシステミックリスクを生み出す」と記す。欧州議会に「危機の際に発生するアルゴリズム予測の追加的リスクに焦点を当てる」よう促している。

AIの利益と脅威がより明確になるにつれて、中央銀行やその他の政策当局者は向こう数年間、急速に進化するテクノロジーがもたらす問題に直面することになるであろう。

ECBのムファッカー氏は「中央銀行にとって何が理にかなっているのか、まだ明らかになっていない」と述べた。「われわれは初期段階にいる」

ジェフ・カーンズはファイナンス&ディベロップメントの職員。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。