Credit: (Photo: IMF Photo/Tamara Merino)

適切な労働市場政策によるグリーンな雇用への移行の容易化

職業訓練、低所得労働者向け税額控除、グリーンなインフラや研究開発への投資推進、炭素税などの施策が考えられる

よりグリーンな経済を構築する必要があるというコンセンサスは、雇用喪失の可能性をめぐる懸念に直面して崩れてしまうことが多い。化石燃料と決別していくことについては合意したとしても、例えば、炭鉱労働者がソーラーパネルを設置する仕事へとどれだけ容易に移行できるのか。

その答えは、当然のことだが、そうした変化が困難となる労働者もいる。だが朗報もある。適切な政策ミックスを以ってすれば、各国は、2050年までに温室効果ガス実質ゼロを達成しつつ、公益事業などの排出集約的な産業に従事する労働者の痛みを和らげることができるはずだ。最新の「世界経済見通し(WEO)」第3章に示されているIMFの最近の研究によれば、そのような政策には、職業訓練プログラムや、グリーンテクノロジーへの投資などがある。

排出目標の達成

地球の平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃をはるかに下回る水準に抑えることが、2015年のパリ協定で各国の政策当局者によって承認された目標のひとつだが、これを達成するには、温室効果ガスの実質排出量を大幅に削減する必要がある。このグリーンへの転換は、職種間や業界間で雇用が移動する労働市場変革も伴う。しかし全体的な程度としては、必ずしも思ったほど劇的なシフトにはならないだろう。

先進国では、2050年までに排出量を実質ゼロにするために設計された政策パッケージは、今後10年間で雇用の約1%を高排出の仕事から低排出の仕事へとシフトさせることになるとIMFの分析が示す。このシフトは新興市場国ではより大きなものとなり、約2.5%の雇用が移行する。それでもなお、これらの数字は、1980年代半ば以降の先進国における製造業からサービス業へのシフトに比べれば小さなものだ。製造業からサービス業へのシフトでは、各10年間で4%近くの雇用が移行した。

IMFの分析が示すように、先進国の雇用シフトがさほど大きなものにならないと考えられる一因が、環境の持続可能性を高めるグリーン集約型の仕事(電気工学のエンジニアなど)や、高汚染産業に特に多い汚染集約型の仕事(製紙工場のオペレーターなど)が少数派だということである。大半の仕事が、グリーン集約型でも汚染集約型でもない中立型だ。 

グリーンな仕事の賃金を上げることも、雇用を移行させやすくするだろう。IMFが先進国を分析したところ、平均的なグリーン集約型の仕事は、スキルや性別や年齢などの特性をコントロールした場合でも、平均的な汚染集約型の仕事より約7%高賃金であることがわかった。賃金が高い分グリーンな仕事は労働者を惹きつける可能性があるので、これは好材料だ。

適応を容易にするための政策

それでもなお、労働者は移行の途中で大きな課題に直面するかもしれない。実際、データはグリーンへの移行が容易ではないことを示唆している。IMFの分析では、汚染集約型からグリーン集約型へ転職できる確率は4%から7%と試算されている。

中立型からグリーン集約型への転職の場合には、確率が少し上がり9%から11%となる。それとは対照的に、前職もグリーン集約型だった場合、グリーン集約型の仕事を見つけられる確率ははるかに高く、41%から54%となる。汚染集約型の仕事に従事する労働者は、よりグリーンな雇用機会を得られる見込みがないということではないが、支援を必要とするかもしれない。

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これを踏まえると、よりグリーンな雇用へとバランスをシフトさせ、かつ労働者の移行を容易化する労働市場政策を策定することが非常に重要である理由が見えてくる。それは、研修プログラムを提供して労働者がよりグリーンな仕事に就くための能力向上を図ることや、汚染集約型の職業にとどまるインセンティブを減らしてゆくことを意味する。コロナ禍からの回復が確実になるにつれて、パンデミック初期に導入された雇用維持支援策を徐々に縮小していくことも含まれる。そうした施策は転職に対するインセンティブを削ぐ可能性があるからだ。

こうして、政策パッケージの話題に立ち返ることになる。IMFのモデルベースの分析が示すように、各国が2050年までに排出量実質ゼロを達成する助けとなりうる政策パッケージだ。それには4つの要素がある。

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代表的な先進国では、こうした政策パッケージによって今後10年間で約1%の労働力がよりグリーンな産業へと再配分されるとIMFは試算している。また、これにより雇用総数が0.5%増加するほか、低技能労働者の税引後所得が増えて格差が削減されると考えられる。

新興市場

鉱業などの産業で雇用されている労働者の割合が大きい新興市場国に対する影響はやや異なる。新興市場国では、今後10年間で労働力の2.5%が移行するだろう。グリーン投資の効果が出てくるにつれて、当面は雇用が全体的に増加するが、2032年までに0.5%の減少に転じるとみられる。

また、新興市場国では概して、いわゆるインフォーマルセクターでの雇用が多く、常に所得税が納められているわけではない。したがって、EITCや炭素税に加えて、2029年以降は低所得労働者に対する直接現金給付によって政策パッケージを補完しなければならないだろう。

2050年までに排出量実質ゼロの経済に移行するインセンティブを提供するには、政策措置が必要不可欠だ。正しいタイミングで実施すれば、こうした措置によって中所得労働者層ではグリーンな仕事への転職を容易化つつ、最も低所得の労働者のスキルや所得を向上させて格差を縮小させることもできる。そうすることで、よりグリーンな経済への道筋が同時に包摂的なものとなるよう確実を期すことになるのだ。

—このブログは、最新の「世界経済見通し(WEO)」の第3章「A Greener Labor Market: Employment, Policies, and Economic Transformation(よりグリーンな労働市場:雇用、政策、および経済変革)」に基づいており、また、ディア・ヌレルディン、柴田一平、マリナ・タバレスによる研究も反映している。

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ジョン・ブルードーン は、 IMF調査局で「世界経済見通し」を担当する課長補佐。以前は同局の構造改革ユニットでシニアエコノミストとして勤務した。また、欧州局のユーロ圏チームの一員として「世界経済見通し」策定に携わり、数多くの章の執筆に従事した。IMFに勤務する前は英国にて、オックスフォード大学でのポスト・ドクター研究員を経て、サウサンプトン大学の教授を務めた。国際金融、マクロ経済学、開発に関してさまざまなテーマで出版している。カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。

ニールス・ヤコブ・ハンセンIMF調査局世界経済研究課のエコノミスト。「世界経済見通し」の執筆陣の1人。これまでにアジア太平洋局や財務局で勤務し、韓国、カンボジア、チェコ共和国、サンマリノへのミッションに参画した。IMFの財政関連問題の研究にも取り組んだ。調査対象は金融市場や労働市場の問題など。Review of Economic Studiesに論文を発表している。ストックホルム大学国際経済研究所で経済学博士号を、ケンブリッジ大学で経済学研究修士号を取得している。

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