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大封鎖が救った命

プラギャン・デブ   ダビデ・フルチェリ   ジョナサン・D・オストリー   ノア・タウク 著

新型コロナウイルス感染症は201912月末に中国の武漢で最初に流行が報告されて以降、すでに200以上の国・地域に広がった。ワクチンや有効な治療薬が存在しない中、世界中の政府は拡散防止と緩和のために前例のない措置をとり、「大封鎖」となった。これは短期的に大規模な経済損失と、大恐慌以来となる規模の世界的な経済活動の低下を引き起こした。果たして効果はあったのか。

世界的なサンプリングに基づく私たちの分析は、拡散防止措置は人々の移動を減らすことにより、「パンデミック曲線」の平坦化にきわめて有効だったことを示している。たとえばニュージーランドは厳格な拡散防止措置を講じた。感染者が一桁の段階で集会や公開イベントに規制をかけ、数日後には学校と職場を閉鎖し、外出制限を課した。それによって、まったく拡散防止措置を講じなかった場合の基準値と比べて、死者数を90%以上抑えられた可能性がある。つまり厳しい拡散防止措置を講じていなければ、新型コロナウイルスによる確認済み死者数はニュージーランドのような国で少なくとも10倍になっていた可能性があるということだ。

 

重大な流行が確認されてから拡散防止措置を実施するまでに要した日数で測った介入と拡散防止の迅速さ、すなわち疫学用語で言うところの「公衆衛生のレスポンスタイム」は、曲線の平坦化に重要な役割を果たした。ベトナムなど比較的迅速に拡散防止措置を実施した国々では、平均して感染者数を95%、死者数を98%抑えられた。これは結果として中期的な経済成長の素地を整えることになった。

 

拡散防止措置の効果には、国や社会の特徴による違いも見られた。寒冷な気候によって流行発生時に感染率が高くなった国々、そして人口の平均年齢が高く、感染症にかかりやすい国々では対策の効果は大きかった。一方、医療制度が強固で人口密度が低いといった要因も、拡散防止や緩和措置の実施や徹底を容易にし、その効果を高めた。市民社会が法的規制にどのように反応したかも効果に影響した。都市封鎖措置によって人々の移動が減少し、社会的距離が保たれた国のほうが、新型コロナウイルスの感染者や死者の減少は大きかった。

 

最後に、拡散防止措置の種類によって、効果に違いはあったのかを検証した。こうした対策の多くは、各国がウイルスの拡散を抑えるために同時に実施されたため、最も有効な対策を特定するのは困難だった。それでも調査結果からは、どの対策も感染者や死者の数の大幅な削減に寄与したものの、外出規制が比較的効果が高かったことがうかがえる。

IMFの実証的推計は、拡散防止対策と感染者数、死者数に因果効果があったという合理的評価を示しており、大封鎖は短期的に莫大な経済的コストをもたらしたものの、それによって数十万人の命が救われたという安心感を与えてくれる。結局のところ、世界的な公衆衛生危機の行方と世界経済の命運は切り離せない関係にあり、経済の回復にはパンデミックとの戦いが避けられない

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プラギャン・デブはインド国籍で、IMF戦略政策審査局のエコノミスト。IMFの融資方針と新興市場国関連の問題を担当。また、IMFのモンゴル向けプログラムのチームにも参加している。以前には、エストニアやラトビア、フィンランド、サウジアラビアなど多様な国々を担当し、国際金融安定性報告書における分析を通して多国間政策監視に貢献した。IMFでの勤務前には、イングランド銀行でマクロプルーデンス政策と銀行規制業務に従事した。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで金融学博士号を取得。

ダビデ・フルチェリIMF調査局の課長補佐。イリノイ大学で経済学博士号を取得。IMFに勤務する前は、欧州中央銀行(ECB)財政政策局や経済協力開発機構(OECD)経済局マクロ経済分析課でエコノミストを務めた。マクロ経済や公共財政、国際マクロ経済、構造改革の分野の様々なトピックについて主要な学術誌や政策専門誌に幅広く執筆。

ジョナサン・D・オストリーIMFアジア太平洋局副局長。経済政策研究センター(CEPR)のリサーチフェローを務めている。最近では職員チームを主導して、世界システム全体に影響を及ぼしかねないマクロ金融リスクに関するIMFと金融安定理事会(FSB)の早期警戒演習と、先進国と新興市場国についての脆弱性演習を行う責任を担った。この他にも、IMFの為替相場問題協議グループ(CGER)、対外バランス評価(EBA)を含む多国間為替相場サーベイランスや、国際金融アーキテクチャーとIMF融資制度改革、資本収支管理(資本規制、資本流入を管理するためのプルーデンス制度)、金融のグローバル化の諸問題、財政の持続可能性、所得格差と経済成長の関係についての業務も担当している。以前には、IMFによる多国間サーベイランスの旗艦報告書である「世界経済見通し」を作成する課の責任者や、オーストラリア、日本、ニュージーランド、シンガポール担当グループの責任者を歴任。国際マクロ政策の諸問題に関する書籍の著者であり、学術誌の記事を数多く執筆している。近著に「Taming the Tide of Capital Flows (MIT Press, 2017)」と「Confronting Inequality (Columbia University Press, 2018)」がある。BBCEconomistFinancial TimesWall Street JournalNew York TimesWashington PostBusiness WeekNational Public Radioといったメディア(新聞・雑誌、オンライン)に研究が引用されてきた。格差と持続不可能な成長についての研究がバラク・オバマ大統領の発言にも引用された。18歳の時にカナダのクイーンズ大学の学士号を優等で取得した後、オックスフォード大学ベリオールカレッジで学士号と修士号を得ている。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(修士号、1984年)、シカゴ大学(博士号、1988年)の大学院でも学んだ。2003年の「Who’s Who in Economics」に掲載された。

ノア・タウクIMFアジア太平洋局のエコノミストで地域経済見通しの作成に携わっている。レバノン国籍。現職の前には金融資本市場局にて国際金融安定性報告書の作成に従事した。また、東京にあるIMFのアジア太平洋地域事務所(OAP)でも勤務した。研究関心分野は資本の流れに対する新興市場国の政策対応、非伝統的な金融政策からの波及効果、二国間の為替相場におけるシステミックな変動などであり、こうしたテーマで論文を発表してきた。慶応義塾大学で経済学博士号を取得。

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