今、気候変動が人類の存続を左右する大きな課題となっています。気候変動は世界のあらゆる地域で課題となっており、とりわけ低所得国に深刻な影響が及びます。
気候変動を緩和する措置が講じられないと、21世紀末には産業革命前の水準と比較して世界の気温が4oC高くなると予測されています。氷床の崩壊、海抜の低い島嶼国での浸水、異常気象、暴走温室効果による温暖化のリスクが大きくなり、取り返しのつかないものになっています。
また、気候の温暖化によって、多くの種の生物が絶滅するリスクが高まるかもしれず、病気が流行する恐れや、食の安全保障が損なわれる可能性もあります。くわえて、再生可能な地表水と地下水の資源が減少するかもしれません。
この差し迫った脅威を目前にして、過去に類を見ない多国間主義的な対応が行われていることは良い知らせです。2015年に採択されたパリ条約のために190か国が気候変動対策の戦略をこれまでに提出し、これらのほぼ全てに気候変動の緩和面での達成目標が含まれていました。今、こうした目標をいかに達成するか、現実的に考える時が来ています。
効果的なカーボン・プライシングの必要性
化石燃料の炭素含有量または炭素排出量に応じた費用負担を求めるカーボン・プライシングが緩和策の中で最も効果が大きいという意見の一致がますます見られるようになっています。カーボン・プライシングは、エネルギー消費量の削減、環境に比較的やさしい燃料の使用、民間資金の動員といった側面で広くインセンティブを提供します。
また、おおいに必要とされる歳入も確保されることになります。こうして得られた歳入は、持続可能で包摂的な経済成長を支える方向に公共財政の舵を切るために配分されるべきです。この点をどう進めるのが最善なのかは、国ごとに異なります。持続可能な開発目標を達成するために、人々やインフラに投資することを意味する場合もあるでしょう。また、別の場合には、勤労意欲と経済成長を損なう税制の改善を意味するかもしれません。
IMFが新しく発表したペーパーでは、パリ協定に基づいて約束されたCO2緩和の目標を達成するために炭素価格をどのように活用できるかが議論されています。これらCO2緩和目標とこの目標達成に必要な炭素価格は国ごとに異なり、本ペーパーは1トンあたり35ドルと70ドルの炭素価格がCO2排出量に与える影響を考慮しています。合計で世界の炭素排出量のうち5分の4を占めるG20諸国が達成目標を実現するためには、1トンあたり35ドルを大きく下回る価格で十分でしょう。この点はG20の主要国である中国やインドにもあてはまります。
炭素価格が1トンあたり35ドルに設定されると、石炭価格がおよそ2倍となる一方で、乗り物の燃料のガソリンスタンド店頭価格はたった5%から7%ほどの上昇となるでしょう。しかし、より意欲的な目標を掲げる一部諸国は1トンあたり70ドルでも必要な価格水準に届かないことになります。
ただ、現在の約束が完全に果たされたとしても、温暖化の規模はパリ協定が目指す1.5oCから2oCの上昇には抑えられず、それでもぞっとするような3oCの上昇となることが予測されています。気温上昇を2oCに抑えるためには、2030年までに排出量を3分の1ほど削減する必要があり、世界の炭素価格を1トンあたり約70ドルに設定することが求められるでしょう。
カーボン・プライシングの最初の一歩として、域内、各国内、地方単位で50を超える炭素税と炭素排出量取引制度がすでに稼働しています。しかし、世界の炭素価格の平均が1トンあたりたった2ドルであることを踏まえると、これからの道のりが険しいものになるのは明らかです。
また、カーボン・プライシングが政治的に非常に困難なものになりかねないことも明らかです。世界の至る所で、この点を思い出させる出来事が起こっています。したがって、このプロセスを包括的に管理することが非常に重要です。このためには、カーボン・プライシングの導入を徐々に段階を踏んで行うこと、また、カーボン・プライシングに伴う歳入の利用について明確に情報発信することが一般的です。後者については、分配と効率性、政治的な配慮の間でバランスを取る必要が出てくるでしょう。
しかし、こうした理想的な条件のもとでも、カーボン・プライシングを補って強化するため、または、カーボン・プライシングの代替策として、他の手段が必要になるかもしれません。IMFの先述のペーパーでは、135か国について、炭素排出量と、気候変動を緩和する一連の代替策が財政面や経済面でもたらす影響をそれぞれ数値化するツールを用いて、関連のトレードオフを示しています。期待できるアプローチのひとつは、カーボン・プライシングと歳入中立的な税補助金制度を組み合わせて政治的に困難な燃料価格の引き上げを避け、よりクリーンな発電、環境にやさしい自動車への移行、エネルギー効率性の改善を進めるインセンティブをさらに高めることです。
国際的には、排出量が大きい国々の間で任意の炭素価格下限を設けることで、パリ協定のプロセスを強化して、目標をさらに野心的なものへと拡大できるでしょう。価格の下限設定によって、参加国間で最低水準の緩和策が保証されることになる一方で、競争力低下の不安を一定程度和らげることができるでしょう。先進国は求められる最低価格を高めに設定することで、気候変動を緩和する責任をより大きく担うことができるかもしれません。国ごとの状況や政策に合わせるために、柔軟な仕組みを設計できるでしょう。
エネルギー補助金改革
もうひとつ重要な点ですが、化石燃料使用にがもたらす損害は気候変動に限りません。化石燃料を使うことで、大気汚染による死者数が増加しますし、道路が渋滞し、事故が起こります。こうした理由から、気候変動の問題を脇に置いても、多くの国々が現状ではエネルギー価格設定を間違えていると言えます。IMFが新しく発表するワーキングペーパーの試算では、化石燃料の割安での供給を補助金として考慮し、環境負荷を足し合わせると、2017年に5.2兆ドルという驚くべき額の負担が生じています。これは世界GDP比で6.5%であり、前回の試算から大きな変化がありません。価格改革の利点の多くは国内で得られるものです。ですから、価格改革は国々にとってプラスになるでしょうし、同時に気候変動対策にも資するでしょう。結論として、ここでの重要なポイントは「連帯が自らの利益である」ことです。
気候変動の問題に取り組む人々のほとんどが炭素価格・エネルギー価格改革のアイディアに原則、賛同しています。各国の財務省は、自らの責任を認識して、強力なインセンティブを提供する機会を迅速に見つけ出す必要が出てくるでしょうし、また、政治面や分配面での制約を念頭に置く必要性もあるでしょう。また、このために施策を策定、改良していくことも求められることでしょう。IMFでは、優れた取り組みが今後も生み出され、成功を収め、他の国々にも触媒効果がもたらされることになるだろうという楽観的な見方を維持しています。地球温暖化をコントロール可能な水準に抑えるための時間的余地がなくなりつつある中で、こうした取り組みの緊急性を過小評価することが難しくなっています。どの人も、どの組織も、どの国も行動を起こす必要があります。誰もが変化をもたらせるのです。