5 min (1403 words) Read

この時代の最も切迫した経済問題には、状況に則した実用的な解決策が必要となる。

ここ数十年間で、主流派経済学は「新自由主義」とされる特有の政策と関連付けられるようになってきた。新自由主義の政策パラダイムでは、(世界市場を含む)市場範囲を拡大し、政府の役割を制限する傾向がある。今日において、このようなアプローチは多くの重要な点から失敗であったとされている。‌各国では格差が広がり、クライメート・トランジション(低炭素社会への移行)が停滞したほか、グローバルな公衆衛生からサプライチェーンのレジリエンスに至るまで様々な盲点を生み出したからであ

だが、この新自由主義の時代には大きな成果も見られた。人口が最も多い国を含む発展途上国の多くが記録的な経済成長を遂げ、世界中で極度の貧困が大幅に減少したのだ。‌しかし中国をはじめ、この時期に最も力強い成長を見せた国は、決して新自由主義のルールに従っていたわけではない。自由市場の拡大と同等に、産業政策や国営企業、資本規制に頼ったのである。‌一方で、メキシコのように新自由主義戦略に忠実な国の経済動向は、極めて不調であった。

新自由主義に対する責任は経済学にあったのであろうか。経済学が一連の政策提言ではなく学問的な思考法であることは周知のことである。‌現代の経済学を用いても、直ちに政策指針へ発展するような一般論が得られることはほとんどない。限界的思考、私的インセンティブと社会的コスト・利益との調和、財政の持続性、健全な貨幣といった基本原則は、本質的に抽象的な概念であるため、具体的な解決策にはならない。

中国だけを見ても、経済原則の柔軟性を表す典型例となっている。‌中国政府が市場や私的インセンティブ、グローバリゼーションを上手く利用したとの見方に反論する者はほとんどいないであろう。しかし実際は、非在来型の革新的な政策を利用したのである。生産責任制、二重価格制、郷鎮企業、経済特区など、欧米の標準的な政策提言では考えられないような政策によって、国内の政治やセカンドベストの制約を和らげる必要があったからだ。

経済学の世界では、政策に関するあらゆる問いへの答え方として、「時と場合による」としておくことが妥当である。しかし経済分析は、このような文脈的依存性、すなわち経済状況の差異がどのように、そしてなぜ、政策の結果をはじめとする各成果に影響を及ぼすのかを精査してこそ真価を発揮する。新自由主義パラダイムにおける原罪は、どこにでも当てはまるようなシンプルかつ普遍的な経験則を定めてしまったことであった。新自由主義が経済学の実践による産物だとするならば、それは稚拙な経済学の事例であったと言わざるを得ない。

新たな課題とそのモデル

優れた経済学は、既存の政策モデルではわれわれが直面している課題の範囲や規模に対処しきれないという前提から始まる。経済学者らは、世界各国の異なる政治・経済的背景を考慮しながら、経済学のツールを活用し、独創的にこれらの課題に取り組まなければならないであろう。/

最も根本的な課題は、気候変動がもたらす存亡の機である。経済学者らが理想とする解決策は、炭素価格の十分な引き上げ(またはそれに相当する排出量取引制度)、グリーンに関わる技術革新の補助金、発展途上国への十分な資金流入といった三本柱から成るアプローチを中心とし、全世界で連携することであろう。だが、現実の世界は個々の主権国家を中心に構成されているため、このようなファーストベストに近い策が実行に移される可能性は極めて低い。

近年の動向から分かるように、環境保護政策を採用するには、厄介な国内の政治的駆け引きが必要となる。各国は、環境保護政策の反対派や損失を被る可能性のある者を引き込みながら、自国の営利性を重視するであろう。これまでの中国における太陽光発電と風力発電を推進する産業政策は、他の競争国からずいぶんと批判されてきたものの、再生可能エネルギーの価格を大幅に低下させたことで世界に大きく貢献した。米国のインフレ抑制法(IRA)やEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)はどちらも、他国へのコスト転嫁を伴いながらも国内の政治的説得を前提としている。しかし、世界規模のいかなる枠組みと比較しても、これらがグリーン経済への移行を加速させる可能性は高い。それらを上手く機能させるために、経済学者らは、ファーストベストの政策を希求したり、その費用対効果ばかりに目を向けたりすることから脱却しなければならない。想像力を発揮し、政治およびセカンドベストの制約に対処できるような気候危機の解決策を策定する必要がある。

経済学は、われわれが持つ集団的想像力を制限するのではなく、拡大発展させてはじめて意味をなし得るのだ。

気候変動がわれわれの物理的環境に対する最大の脅威であるとするならば、社会的環境に対する最大の脅威は、中産階級の浸食である。社会や政治形態の健全性を保つには、幅広い中産階級が必要だ。歴史的に、製造業やそれに関連するサービス業にみられる高賃金で安定した職は、中産階級の成長に必要な基盤であった。しかし、先進国の中産階級にとって、ここ数十年間は厳しいものがあった。ハイパーグローバリゼーション、自動化、スキル偏重型の技術革新および緊縮政策などが相まって、労働市場の二極化を生み、良質な雇用が不足する事態に至った。

良質な雇用の問題に対処するには、従来の福祉国家でみられる政策の枠を超えた政策立案が必要だ。労働市場の需要側(企業やテクノロジー)と供給側(技能や訓練)に焦点を当て、良質な雇用の創出を目指したアプローチをとらなければならない。将来的に雇用の大部分はサービス業で創出されると見込まれていることから、ここに的を絞った政策が求められる。また、生産性も重視しなければならない。生産性の向上は、教育水準の低い労働者が良質な雇用を得る上で必須の条件であり、最低賃金や労働規制を補完するものであるからだ。このようなアプローチでは、斬新な政策を試みることが求められる。すなわち、雇用吸収力の高いサービス業における産業政策として実質的に機能する政策を生み出すことが必要だ。

この点において、発展途上国は各国毎に異なる問題を抱えており、それが早すぎる脱工業化という形で現れている。世界市場で成功を収めるには、より技能集約型・資本集約型のテクノロジーが必要だ。その結果、製造業における正規雇用は、はるかに低い所得水準でピークを迎えており、雇用の空洞化が、かなり早い発展段階から進行し始める。早すぎる脱工業化は、単なる社会問題ではなく、国の成長に関わる問題である。今日の低所得国が過去の輸出志向型工業化戦略を再現することが困難になるからだ。技能や資本の面で貿易部門の要求が高くなると、世界の市場への統合による経済成長はもはや見込めない。

ここから分かるのは、発展途上国も先進国と同様に、将来的には工業化への依存度を下げ、生産性の高いサービス業での雇用を増やさねばならないということだ。工業化の推進に関していうと、われわれには豊富な経験がある。サービス業重視の発展戦略の中でも、特に零細企業が多数派を占める非貿易サービスに関しては、刷新的で真価がまだ問われていない政策が必要となる。繰り返しになるが、経済学者らは、革新的で柔軟な考え方をしなくてはならない。

グローバル化の未来

最後に、われわれはグローバリゼーションの新たなモデルが必要だ。ハイパーグローバリゼーションは、分配の問題、レジリエンスを重視する新たな風潮、米中の地政学的競争の激化によって減速している。当然の結果として、われわれは世界経済からの要求と、自国において競合する経済、社会、政治的な責務の間で再びバランスを取り戻そうとしている最中である。保護貿易主義が台頭する新時代や住みづらい世界が到来することに懸念を示す声も多いが、結果は必ずしも悪いことばかりではない。ブレトン・ウッズ体制下における国の経済マネジメントは、世界のルールや市場からの要求による制約が極めて少なかった。しかし、国際貿易と長期投資は著しく増加し、アジア四小龍のように適切な経済戦略を希求した国は、先進国市場における保護貿易の度合いが高かったにもかかわらず、特段の伸びを示した。

主要国がゼロサム的な視点のみで世界経済を見ないようにするなど地政学を優先視しなければ、同様の結果は今日も起こりうる。この点においても、経済学は建設的な役割を果たすことができる。善悪様々な結果をもたらし、始めから持続可能ではなかった過去の時代に思いを馳せている場合ではない。経済学者らは、リバランシングに資する世界経済の新たなルール策定の一助となり得るのだ。特に、明白な近隣窮乏化政策を避けながら、政府が国内の経済、社会、環境面における課題に取り組みやすくなるような政策を立案することができるのではないか。‌また、世界規模での協力が必要な領域と各国毎の行動を優先すべき領域を明確化する新たな原則を構築することもできる。

貿易から得られる利益と国の制度的多様性から得られる利益のトレードオフの関係を議論することから始めてはどうだろうか。一方の利益を最大化すれば、もう一方の利益は損なわれる。だが、経済学でいうところの「端点解」が、最適解となることは滅多にない。 すなわち、合理的な成果を得るには、両者共に利益の一部を犠牲にしなければならないということだ。このように相反する目的において、貿易、金融、デジタル経済の面で如何に均衡を保つべきかという難題に、経済学者らは光を投じることもできるであろう。

現状を捉え社会に貢献する経済学者であるには、クライメート・トランジション(低炭素社会への移行)の加速、包摂的な経済の創造、貧困国における経済発展の促進といったわれわれの時代における核心的課題に対して具体的な解決策を示さなければならない。‌しかし、経済学の入門クラスで習うような型にはまった解決策ではいけない。われわれ‌の学問分野は経験則以上の価値がある。経済学は、われわれが持つ集団的想像力を制限するのではなく、拡大発展させてはじめて意味をなし得るのだ。

ダニ・ロドリックはハーバード大学ジョン・F・ケネディ・スクール国際政治経済学フォード財団教授で、元国際経済学協会(IEA)会長。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。