財政モニター

腐敗を抑制する

2019年4月

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第 1 章 変化する世界経済のための財政政策

第1, 2章の要旨

過去10年間、財政政策の主な焦点はとりわけ世界金融危機などショックに対応したマクロ経済の安定化であった。この点に比べると、人口動態変化や技術進歩、世界統合の深化に適応することで長期的かつ包摂的な経済成長を促進する改革については、相対的に重点が置かれてこなかった。多くの国々で公的債務と民間債務が史上最高に近い水準で推移しており、長期的な成長と発展の将来性は精彩を欠き、今も著しい格差が見られる。世界経済の成長が減速し、不確実性が高まる中で財政政策は、到来するかもしれない不況に備えつつ、成長目標と持続可能性目標のバランスをとり、また、世界経済の急速な変化に適応するための改革にさらなる力点を置くべきである。この最後の点については、税制、社会支出、積極的な労働市場政策をさらに優れたものにするために包摂的かつ成長に配慮した予算の再編が必要になるだろう。くわえて、公共サービスの提供を改善するために、インフラ投資も求められることになる。また、さらなる国際協調が多国間の諸課題に対処する上で必要となる。こうした課題の例としては、法人課税、気候変動、汚職などの腐敗が挙げられる。国際協調の強化は、より広く言えば「持続可能な開発目標(SDGs)」を 2030 年までに達成するためにも必要である。

A. 次の不況に備える

世界の経済成長はペースを緩めている。世界の多くの地域(インド、サブサハラアフリカ の一部)で堅調な経済成長が継続すると見られている一方で、規模が大きな先進国・地域 と新興市場国のいくつか(中国、ユーロ圏、米国)では成長ペースが減速すると見込まれている。未解決の貿易摩擦、政策不確実性の高まり、金融市場のボラティリティが主な理由となって、下振れリスクが増している。同時に、公的債務は先進国で今も高水準にあり、新興市場国と発展途上国でも膨らんできている。主要国・地域(中国、ユーロ圏、米国) が拡張的な財政政策を講じた一方で、金融環境のタイト化と財政持続可能性の懸念に伴っ て、脆弱性を抱える先進国、新興市場国、フロンティア国では借入コストが増加している。

こうした環境では、経済成長目標と持続可能性目標のバランスをとるために、財政政策を慎重に進めていくべきである。実際の GDP が潜在 GDPを上回っている国(米国)、借入コストが高く資金調達の必要性が大きい国(ブラジル、イタリア)と市場アクセスの強化が今も重要な国(アルゼンチン)では、債務脆弱性を軽減するため、また、大きな不況が生じた場合に活用するためのバッファーを築くために、成長に配慮したかたちでの財政の調整が適切であり続けている。一定の財政余地が存在し、より深刻な景気後退のリスクが存在する国(オーストラリア、ドイツ、韓国)では、質の高い財政刺激策を限定的に用いることが妥当となり、これら国々の一部(中国、日本)では、信頼できる中期的な財政健全化計画をこうした刺激策に付随させることが求められるであろう。低所得発展途上国では、資金面での制約に照らしつつ、財政政策によって開発目標を支えるべきである。そして、経済成長が予測を大幅に下回るシナリオが現実のものとなった場合に、適切な財政余地があり資金調達の環境が整っている国が財政拡大を行うことで、利用可能な金融政策措置は補完されうる。ユーロ圏では財政面で同時に対応を講じる一方で、その対応方法を加盟国間で適切に差別化することにより、同地域全体に及ぼす影響をより大きくすることができるだろう。

B. 世界の潮流に適応する

経済成長のペースを速め、その包摂性を高めるために、世界経済のかたちを変えつつある重要なトレンドに合わせて適切な財政政策を講じていくべきである。人口動態の変化、急速な技術進歩、世界経済統合の深化に伴って、構造的な課題が生まれている。先進国・地域と多くの新興市場国は高齢化に直面しており、公的年金と公的医療制度の持続可能性に対する懸念が深まっている。低所得発展途上国といくつもの新興市場国では、人口の急速な拡大と都市化に伴う人々のニーズを満たすために、雇用を創出し、公的なインフラ、教育や医療サービスを改善する必要がある。技術進歩によって、また、貿易面や金融面で国々の関係性が深まることによって労働市場と製品市場に変化が生じており、あらゆる国々で社会支出と租税政策がこうした変化に遅れないようにすべきである。世界の潮流に政策を適応させていくことで、長期的な経済成長を促進していくことができるだろう。これは公的債務の負担を持続的に削減していく上で重要な材料となる。また同様に、開放性と革新性がもたらす利益を国内外に広めていくことにもなる。同時に、経済安定性にとって必要な制度への人々の信頼を回復する上でも役立つだろう。

予算上の余地が限定的である国では、こうした政策の適応は予算の再編を通じて行われる 必要があるだろう。あらゆる国々で、こうした予算再編プロセスで鍵となるのは、無駄な 支出を削減したり、汚職など腐敗を抑制したりすることで経費の節約を実現するために支 出の優先順位を変更することである。例えば、効率的な価格設定によって燃料補助金を廃 止することは、段階的に財政資源を最大で世界 GDP の 4%分押し上げる可能性がある。公共財政管理改革もまた、効率性の向上によって財政の懐を厚くするだろう。公共部門の資 産をより効率的に管理することで、一部諸国では 1 年あたり最大で GDP の 3%分の追加歳入を得られるかもしれない。税収が依然として低水準である新興市場国と発展途上国では、 SDGs を達成する上でインフラと社会支出の必要性が大きいことを鑑みると、歳入確保が重要な役割を果たす必要がある。サブサハラアフリカ諸国は現状の税制の効率性を高める改革を通じて、今後 5 年間に平均で GDP の 3%から 5%分の追加歳入を得られる可能性がある。 改革によって得られる利益を世界的に拡大し広めていく上でも国際協調が必須である。多国主義的なアプローチによって対処しうる重要な課題の例としては、デジタル企業も含めた多国籍企業に対する課税、炭素税を通じて緩和しうる気候変動、腐敗が挙げられる。協調的な国際支援と国際融資にくわえて、援助国側と被援助国側でガバナンスを改善することは、低所得発展途上国が SDGs を達成する努力を補いうる。より良い多国間制度の中で協力するための努力を新たにすることで、急速に変化する世界経済に適応した国内政策を補完することができるだろう。

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第 2 章 腐敗を抑制する

腐敗(個人の利益のために公職を乱用すること)は国家の活動を歪め、持続可能かつ包摂的な経済成長を達成するための努力を妨げる。腐敗は一部の人々の脱税を助ける一方で、他の人々の負担をしばしば増加させる。また、歳入が失われることで、社会支出を行う政府の能力が阻まれるかもしれない。さらに、政府の判断が賄賂や縁故主義によって大きく左右される場合には、公共サービスと公共インフラの質が損なわれる。究極的には、腐敗によって政府への信頼が蝕まれ、社会的・政治的な不安定性につながりかねない。

この財政モニターの第 2 章では、経済発展のどの段階にある国にとっても腐敗が相当の財政コストを生じさせうる証拠を提示する。例えば、同様の所得水準の国々を比較すると、腐敗度が最も低い国は腐敗度が最も高い国々よりも対 GDP 比で 4%多い税収を得ている。こうした国際的な比較に基づくと、腐敗を過去 20 年間に減らした国々と同じ程度の腐敗撲滅をあらゆる国々が平均して現在実現したとすると、世界の税収は1 兆ドル伸びる可能性がある。これは世界 GDP の 1.25%に相当する。腐敗が少なくなると経済成長が加速して一層の税収をもたらすことを考慮に入れると、税収増はさらに大きくなるだろう。腐敗を著しく減らすことに成功した国々は、その成果として対 GDP 比で税収の大きな増加が見られている。例えば、ジョージア(グルジア)では税収が対 GDP 比で 13%ポイント、ルワンダでは 6%ポイント増加している。また、腐敗が政府の公的資金利用を歪めるという証拠も出てきている。例えば、低所得国を見た時に、腐敗度の高い国では、教育や医療に使われる予算の割合が 3 分の 1 ほど低い。さらには、腐敗度がより高い国では道路建設や病院建設に過大な支払いがなされており、学齢期の子どもたちのテスト結果も劣る。

腐敗と戦うためには、政治的な意思を奮い起こす必要がある。改善を確実に持続させるためには、こうした政治的な意思にくわえて、公共部門全体で清廉さと説明責任を促進するために良い制度を発展させるべきである。数多くの財政機関に関する新しいデータと個別の国々に関する経験を活用して、政府運営のどの点で腐敗による漏れが生じるか、また、こうした漏れを減らすために色々な制度がどのように貢献できるかをより詳細に検討することで、具体的な助言をこの章では提供していく。国の意思決定者が学べる教訓としては次のようなものがある。

• 透明で能力に基づく採用と報酬の手続きによって、専門職としての公務員からなる政府機関を構築すること。省庁や公的企業の長である人間が組織の最上層部から明確に風土を作り出すことで倫理的な行動を促進することが必須である。
• 高い水準の透明性に投資し、独立した外部からの監視の目を導入し、監査機関や社会全体が効果的な監督を行なえるようにすること。
• 腐敗が頻繁に起こるエリアに焦点を当てること。国際的な経験からは、公的調達、インフラ、価格設定が困難である複雑な財やサービス、天然資源、公的企業といったものがこうした分野に該当することがわかっている。
• 腐敗撲滅を進める上で相互に支え合う複数の機関を改善することによって、成功の可能性を高めること。例えば、税務行政改革は、法律が単純化されており、税務職員による裁量の余地が少なくなっているほど、大きな効果をもたらすだろう。公務員の清廉さを 高めるため、もしくは脱税者を追求するための取り組みは、裁判所での公正な手続きが 時機を逃さずに行われるかどうかに左右される。同様に財政の透明性がもたらす利益も、自由な報道の存在によって強化される。
• 絶えず変転していく腐敗の課題に対する脆弱性を減らすために、根気強く制度改善を進める強い意志を持つこと。新しい技術を用いることは財政の重要な機能を強化する上でプラスに働く。例えば、予算策定手順や歳入管理、内部統制といった機能である。例えば、電子調達システムは透明性を促進し競争を奨励することにより、腐敗撲滅を進める上で強力なツールとなる。例としてはチリや韓国が挙げられる。
腐敗はまた世界的な問題であり、それと戦うためには一層の国際協力が必要である。腐敗と戦い、腐敗の利益隠しを困難にするために、国際的な取り組みが拡大しつつある。しかし、さらにできることがある。
• 各国は自国企業による外国公務員への贈賄の取り締まりにもっと能動的になるべきだ。 資金洗浄対策を果敢に進め、腐敗の利益を不透明な場所に隠す機会を減らすべきである。
• 資源採掘産業(石油や鉱業)では、経済的レントが大きいことや国際的により大きなプレーヤーが果たす役割を考えると、透明性を高めることが必要となっている。
• 幾分かの改善にもかかわらず、国際的な情報交換はいまだ限定的である。脱税との戦い、腐敗行為の捜査と訴追のためには、協力の強化が非常に重要である。
• 最後に、援助国と国際機関は自らの透明性を高め、模範を示すことで、先導していくことが可能であるし、制度構築の良い実践例を共有することでも支援できる。これが本章の目的である。