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暗号資産を国の通貨に採用するのは早計だ

新たなデジタル形式のマネーは、決済を安価かつ迅速化し、金融包摂を推進し、レジリエンスを高め、決済プロバイダーの競争を促進し、国境を超える送金を円滑にする可能性がある。しかし、その実現は簡単な話ではない。

新たなデジタル形式のマネーは、決済を安価かつ迅速化し、金融包摂を推進し、レジリエンスを高め、決済プロバイダーの競争を促進し、国境を超える送金を円滑にする可能性がある。

しかし、その実現は簡単な話ではない。相当な規模の投資に加えて、デジタルマネーの提供と規制における官民の役割の明確化など、難しい政策的選択が必要になる。

近道をしたい、という誘惑にかられる国もあるだろう。暗号資産を国の通貨に採用するのだ。暗号資産の多くは確かに安全でアクセスしやすく、取引コストも安価だ。しかし私たちは、ほとんどのケースではリスクとコストが潜在的メリットを上回ると見ている。

暗号資産は暗号化技術を使って民間が発行するトークン(代用通貨)で、それぞれ独自の通貨単位がある。価値の変動は極端に大きいこともある。たとえばビットコインは4月に65000ドルの最高値をつけた2カ月後には、半値以下に急落した。

それにもかかわらずビットコインは生き延びている。ビットコインを(目的の善悪にかかわらず)匿名で取引をする機会ととらえるユーザーもいれば、ポートフォリオを分散し、急騰と暴落の可能性をはらんだ投機的資産を持つ手段と見るユーザーもいる。

このように暗号資産は、他の種類のデジタルマネーとは根本的に異なる。たとえば各国の中央銀行はデジタル通貨の発行を検討している。中央銀行の債務という形でデジタルマネーを発行するのだ。民間企業も新たな領域を切り拓こうとしている。東アフリカや中国で人気の携帯電話で送金できるマネーや、裏づけ資産の安全性と流動性によって価値が決まるステーブルコインがその例だ。

暗号資産が法定通貨に?

ビットコインとその同類の暗号通貨はこれまでほぼ金融や決済の傍流にとどまってきたが、暗号資産に法定通貨の地位を与え、第2の(場合によっては唯一の)国の通貨にすることを積極的に検討している国もある。

暗号資産に法定通貨の地位が与えられれば、債権者は中央銀行が発行する貨幣や硬貨(通貨)と同じように、税金を含めた金銭的債務の支払いにそれを受け取らなければならない。

各国はさらに踏み込み、暗号資産の国家通貨としての使用を奨励する法律を制定することもできる。つまり公式な通貨単位(金銭的債務を表す通貨)として、あるいは日常的買い物に必須の決済手段として使用を促すのだ。

暗号資産は物価上昇率や為替レートが安定し、制度の信頼性が高い国々では普及しないだろう。たとえビットコインのような暗号資産に既存の通貨と並ぶ法定通貨としての地位が与えられたとしても、家計や企業がそれを価格設定や貯蓄の手段とするインセンティブがきわめて低いためだ。暗号資産の価値は変動があまりに大きく、実体経済と結びついていない。

比較的安定していない国々にとっても、ドルやユーロといった国際的に認知された準備通貨を使うほうが、暗号資産を採用するより魅力的である可能性が高い。

暗号資産は銀行サービスを利用できない層の支払い手段として普及するかもしれないが、価値を保管する手段にはならないだろう。暗号資産を受領した人はすぐに現実の通貨と交換するはずだ。

ただここでもやはり、現実の通貨が常に入手できるとはかぎらない、あるいは簡単に送金できないといった問題が生じる可能性がある。しかも他の形態のマネーによる支払いを法律で禁止あるいは制限している国もある。そうなると暗号資産が広範に使用される状況が生じるかもしれない。

慎重にことを進めるべき

ビットコインのような暗号資産が広範に使われるようになることの最も直接的なコストは、マクロ経済の安定への影響だ。財やサービスの価格が現実通貨と暗号資産の両方で設定されれば、家計と企業はどちらのマネーを保有すべきか選択するのに相当な時間とリソースを使うことになり、その分生産的活動に費やす時間が減るだろう。同じように、課税額があらかじめ暗号資産で決められる一方、歳出の大部分は自国通貨のまま、あるいはその逆の状態になれば、政府の歳入は為替リスクにさらされることになる。

金融政策の効果も薄れるだろう。中央銀行は外国通貨の金利を設定することはできない。通常、外国通貨を自国通貨として採用する国は、他国の金融政策の信頼性を「輸入」し、経済(と金利)を他国の景気循環と一致させたいと考える。暗号資産を広範に採用する場合、どちらの効果も期待できない。

その結果、国内物価はきわめて不安定になる可能性がある。たとえすべてのモノの価格がビットコイン建てになったとしても、輸入される財やサービスの価格は依然として市場価値の動き次第で大きく変動するだろう。

金融の健全性も脅かされる。しっかりとしたマネーロンダリング対策やテロ組織への資金供与対策が採られなければ、暗号資産は不法に入手された資金の洗浄、テロ組織への資金供給、脱税に利用される可能性がある。これは国家の金融制度、財政均衡、諸外国や外国への送金を中継するコルレス銀行との関係へのリスクとなる。

金融活動作業部会(FATF)は金融健全性へのリスクを抑えるため、仮想資産とそのサービスプロバイダーの規制に関する基準を設定した。ただ基準の実施状況には国によるばらつきがあり、国境を超える活動が行われる可能性を考慮すると問題がある。

さらに法的問題も生じる。法定通貨には決済手段として多くの人に利用できることが求められる。しかし多くの国では暗号資産の送金に必要なインターネットアクセスや技術が依然不足しており、公平性と金融的包摂の問題が生じる。そのうえ中長期的な金銭的債務に使われるには、公式な通貨単位の価値が十分安定していなければならない。また一国の法定通貨の地位や通貨単位を変更するには、通常は金融法制に複雑で広範囲にわたる変更を加え、法制度に齟齬が発生するのを防ぐ必要がある。

それに加えて銀行をはじめとする金融機関が、暗号資産の価格の大幅な変動にさらされる可能性がある。たとえばビットコインに法定通貨の地位が与えられた場合、銀行の外国通貨やリスク性資産の保有高に対するプルーデンス規制を維持できるのか、定かではない。

さらに暗号資産が広く使われるようになると、消費者保護が弱まる可能性がある。暗号資産の価値の大きな変動、不正、サイバー攻撃によって家計や企業が富を失う可能性がある。暗号資産を支えるテクノロジーはきわめて堅牢であることが証明されてきたが、技術的不具合が起こるかもしれない。ビットコインの場合、法定発行者がいないため償還は困難だ。

最後に、ビットコインのような採掘型暗号資産は、取引を認証するコンピュータ・ネットワークの電源として膨大な電力を必要とする。暗号資産を国の通貨として採用することで、環境に重大な影響が及ぶ可能性がある。

適正なバランスを見つける

ビットコインを含む暗号資産を国の通貨とすることには、マクロ金融の安定、金融の健全性、消費者保護、環境の面で相当なリスクを伴う。より安価で包摂的な金融サービスを実現する可能性を含む、暗号資産を支えるテクノロジーの利点を無視すべきではない。しかし政府はこうしたサービスを提供するために自らの体制を強化し、また金融の安定性、効率性、公平性、環境の持続可能性を維持しながら新たなデジタル形式のマネーを活用していく必要がある。暗号資産を国の通貨に採用する試みは、近道として賢明ではない。

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トビアス・エイドリアンIMF金融顧問兼金融資本市場局長。IMFによる金融部門のサーベイランスや能力開発、金融政策・マクロプルーデンス政策、金融規制、債務管理、資本市場に関する業務を統括。ニューヨーク連銀上級副総裁と調査統計グループ副グループ長を経て現職。プリンストン大学およびニューヨーク大学で教鞭をとった経験があるほか、「American Economic Review」「Journal of Finance」等の経済学・金融の学術誌に論文を発表してきた。資本市場動向の総合的な影響に研究上の重点を置いている。マサチューセッツ工科大学博士、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士、フランクフルト大学ディプロマ、パリ・ドフィーヌ大学修士。

ローダ・ウィークス・ブラウンIMFの法律顧問兼法律局長。融資、規制、提言機能を含めIMF業務の法務的側面に関して、IMFの理事会、マネジメント、職員と加盟国政府に助言を行っている。IMFでのキャリアを通じて、広範にわたる重要な業務方針や各国の問題について法律局の業務を統括してきた。IMFの法律の全側面について記事や理事会向けペーパーを執筆し、本テーマに関してチューレーン大学でセミナーを共同で教えた。過去にはIMFコミュニケーション局の副局長としても勤務し、アフリカ、アジア、欧州での広報活動を主導し、IMFの広報戦略の変革において重要な役割を果たし、重要な法律や金融のトピックに関するIMFの戦略的な政策コミュニケーションを統括した。ハワード大学で経済学士号(最優等)、ハーバード大学ロースクールで法務博士号を取得。IMFでの勤務前にはスキャデンのワシントンDCオフィスに務めた。ニューヨーク州、マサチューセッツ州、コロンビア特別区の弁護士会に所属している。最高裁弁護士会の一員でもある。また、世界の女性リーダー育成に注力する非営利団体TalentNomics, Inc.の理事を務めている。