この問題は国際通貨基金(IMF)にとっても重要だ。というのも、気候変動が世界各国の経済の動きに大きなリスクを突き付けているからだ。適切な気候政策がこうしたリスクへの対策となると同時に、変革を促進する投資、経済成長、環境関連の雇用にとって非常に大きなチャンスを生み出す。この重要性に鑑みてIMF理事会は先日、国別の定期的な経済サーベイランス(政策監視)と金融安定性評価プログラムの中に気候変動を取り入れることを承認した。
この加盟国とIMFとの政策議論の中心となるのがカーボンプライシングだ。現在、必要とされる劇的な排出量削減を実現する上で、炭素に価格を設定するカーボンプライシングが最も重要なツールだと広く認識されている。炭素を排出するエネルギー源の価格をクリーンなエネルギーよりも高額にすることで、カーボンプライシングはエネルギー効率性を向上させるインセンティブを生み出し、グリーンなテクノロジー分野での技術革新を促進する。カーボンプライシングの有効性と浸透しやすさを向上させるためには、一連の政策を補完策として講じる必要がある。その例としては、クリーン技術ネットワーク(再生可能エネルギー対応のために送電網を改良するなど)への公共投資や、貧困世帯・弱い立場の労働者・脆弱な地域を支援する措置が挙げられる。世界的には、炭素価格の下限を1トンあたり75ドル以上とするのに相当する追加施策が2030年までに必要となる。
2015年のパリ会議以降で最も重要な気候会議となる、国際連合の気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)を11月に控え、気候分野で高まる志をうかがわせる明るい兆候が見られている。数多くの国々がすでに新たな気候目標を表明している。21世紀半ばまでにエミッション・ニュートラルを達成するという公約を60か国が現在までに発表しており、その中でも欧州連合やアメリカは短期的にも力強い目標を掲げている。大切な点だが、カーボンプライシングの仕組みが普及しつつある。中国やドイツで重要なイニシアティブが今年始まるなど、世界で60を超える取り組みが開始されている。
しかし、今後10年間、こうした行動を強化し、さらに協調的なものにすることが必須となる。一部諸国は取り組みを積極的に進めているものの、国によって目標の高さには差が見られており、世界の排出量はその5分の4が炭素価格の対象外となっている。また、炭素1トンあたりの平均価格はたったの3ドルだ。二次的な影響として、炭素価格が高く設定されているか上昇している一部諸国・地域では、類似制度のない国からの輸入品について炭素含有量に応じた課金を検討している。しかし、世界的な気候変動の観点から見ると、こうした国境炭素調整は制度として不十分だ。というのも、輸出入品に関連する炭素が各国の排出量全体に占める割合は10%に届かないのが一般的だからだ。
こうした進歩の遅れは、パリ条約に基づいて約束した目標を達成するために緩和政策を各国単体で強化していく上で生じうる困難さを部分的に反映している。ここで小さくない要因となっているのが、国の競争力にどのような悪影響が出るかや、他の国々が匹敵する内容の政策行動を講じるかに関しての懸念だ。ほぼ全世界の国々がパリ協定に参加しており、こうした参加の広がりはこの協定の正当性にとって重要だが、交渉の簡単さにはつながらない。
それでは、どうすればカーボンプライシングを10年以内にしかるべき規模まで強化できるのだろうか。まだIMF理事会や加盟国との議論が続いているものだが、IMF職員による新しいペーパーでは、パリ協定を補うかたちで炭素価格の国際的な下限を設定することが提案されている。その内容は次のとおりだ。
- 排出量が最大規模の国々によって創設される。下図が示しているように、緩和策が新たに講じられない前提に立つと、2030年に予測される世界の二酸化炭素排出量のうち、中国・インド・米国・EUが3分の2近くを占めている。これに他のG20諸国を足すと全体の85%となる。この制度は創設後、他の国も参加できるように段階的に拡大しうる。
- 炭素価格の下限を要とする制度とし、効率的、具体的かつ容易に理解される政策ツールとなる。排出量が最大の国々の間でカーボンプライシング拡大のために一斉に行動がとられることで、気候変動に共同で対処がなされることになる。同時に、競争力の懸念に対しても決定的な対策となる。このように国際的な下限となる最低炭素価格に焦点を当てることは、法人税の国際最低税率について今行われている議論とも共通項がある。より一般的に言うと、税率の下限を通じた国際的な調整は欧州において長らく伝統となっている。
- 現実的な設計を行う。本制度は公正かつ柔軟なものであるべきで、また、歴史的な排出量や発展水準など国ごとに異なる責任を反映する必要がある。導入方法として考えられるのが、取り決めの中で、国の発展度について流通している指標に基づき、例えば炭素価格の水準を2段階か3段階に分けて設定することだろう。この取り決めにおいては、カーボンプライシングが現状では国内政治的な理由で実行不可能な国も同様の排出削減を別の政策ツールによって達成することを条件として参加可能とすることができる。
ここで具体例を用いて検討してみよう。現行の政策に加えて、パリ協定の約束を補うために、カーボンプライシング制度に6つの国・地域(カナダ、中国、EU、インド、英国、米国)が参加し、先進国・地域、高所得の新興市場国、低所得の新興市場国にそれぞれ75ドル、50ドル、25ドルという3段階の最低炭素価格を設けるとする。そうすると、2030年までのベース予測との比較で世界の排出量を23%削減する上で役立ちうるのだ。その結果、地球温暖化による気温上昇幅を摂氏2度未満に抑える目標と一致する規模まで排出量が下がる。
カナダの諸州はカーボンプライシングを導入したが、この前例が国際的に炭素価格の下限を導入する上で参考になる。カナダでは連邦政府が州・準州に最低炭素価格を導入し、徐々に引き上げるように求めており、その価格はカナダドルで1トンあたり2018年の10ドルから2022年の50ドル、そして2030年の170ドルまで上昇することになっている。各州・準州はこの義務を満たす上で、炭素税を使うか排出権取引制度を使うかを自由に選べる。
国際的には、適切な設計がなされた最低炭素価格の取り決めが各国それぞれ、また、世界全体のためにもなる。参加国・地域は世界の気候システムの安定化を図った方が良い結果となるだろうし、化石燃料の燃焼が抑制されることで、環境面でも各国内で恩恵が生じるだろう。最重要点として、地元の大気汚染が改善することで死者が減少する。
こうした制度の導入を実現する上で無駄にできる時間はない。2030年になったと想像してほしい。2021年を振り返って、効果的な行動を講じる機会を逸したと後悔するばかりにならないようにしよう。そうではなく、地球の気温上昇を摂氏2度未満に抑える上で世界的な進歩を実現したと誇りに思えるようにしよう。今こそ協調的な行動が必要だ。そして、その中心となるべきなのが国際的な最低炭素価格である。
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ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。2011~2013年にはポルトガル政府の財務大臣。2007~2010年に欧州委員会の欧州政策顧問局長、1998~2004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。
イアン・パリーはIMF財政局の環境財政政策の主席専門家。研究対象は、気候変動、環境およびエネルギー問題の財政分析。2010年IMF入局以前は、リソーセズ・フォー・フューチャーの環境経済学・Allen V. Kneeseチェア。