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傷は長く残る パンデミックの後遺症

ソナリ・ダス   フィリップ・ウィンジェンダー

景気後退は大惨事をもたらし、その被害は長引くことが多い。企業が操業を停止し、投資支出は削減される。また、失業した人々は月日が経つにつれて技能や意欲を失う可能性がある。

しかし、新型コロナウイルス危機によって引き起こされた景気後退は、通常の景気後退とは異なっている。過去の世界的危機に比べて、経済の収縮が急激かつ深刻であった。四半期データからは、世界GDPが世界金融危機時よりも半分の時間で約3倍の減少幅を記録したことが見て取れる。

これまでのところ、異例の政策対応がとられたおかげで、経済的損失の長期化に伴うシステミックな金融ストレスは総じて避けられている。しかしながら、景気回復への道のりは財政余地が限定的な国を中心に依然として険しく、差を生み出すパンデミックの力によって一層困難なものとなっている。

歴史の教訓

景気回復の程度は、中期的な経済的損失の持続性、すなわち「傷跡(scarring)」次第となる。それは、パンデミックの今後の展開や対人接触の多い部門が占める割合、企業と労働者の適応能力、政策対応の有効性に左右され、各国間で差が生じることになる。

こうした未知数があるために、傷跡の程度を予測することは困難だが、歴史から得られる教訓がいくつかある。過去の深刻な景気後退、中でもとりわけ深刻なものは、生産性の低下に伴う持続的なGDPの損失と関係があった。パンデミックによって少なくとも一部の国では生産・流通プロセスにおけるデジタル化とイノベーションが促進されているものの、ニューノーマル(新常態)への適応に必要な資源の再配分は過去の景気後退時よりも規模が大きくなる可能性があり、今後の生産性の伸びに影響を及ぼしかねない。もうひとつのリスクとしては、パンデミックに起因する有力企業の市場支配力の高まりがあり、競合他社が倒れる中、市場ですでに支配的な企業がますます地歩を固めつつある。

生産性は、コロナ禍に伴う生産ネットワークの寸断によっても影響を受けている。芸術や娯楽、宿泊・飲食業、卸売・小売業といった対人接触の多い部門は、例えばエネルギー部門に比べて生産ネットワークにおいて中心的な位置を占めてはいない。しかし、史的分析からは、こうした周辺的な部門に対するショックであっても他の部門への波及効果を通じて大幅に増幅されうることがわかっている。例えば、レストランやバーの閉鎖は農家やワイナリーに影響を及ぼし、トラクター等の農業用機器の需要低下につながる可能性がある。そのため、パンデミックの当初の影響が対人接触の多い部門に集中していたとはいえ、混乱の大きさゆえに、それはやはり広範な景気後退をもたらすことになった。

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中期的な影響

世界経済が新型コロナのショックから回復する中で以前の予想を上回る成長率が実現されているものの、中期的に見た場合、私たちは2024年の世界GDPがパンデミック前の予測を約3%下回ると予想している。金融の安定性が大方維持されていることから、現在予想されている傷跡は世界金融危機後に見られたものよりも小さくなっている。

しかしながら、世界金融危機下で起こったこととは異なり、先進国よりも新興市場国と発展途上国の方で傷跡が深刻となり、損失は低所得国で最大になると予測されている。

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各国間で格差が生じるのは、経済構造の違いと各国の財政政策対応の規模に由来する。ウイルスの伝播の仕方ゆえに、太平洋島嶼国やカリブ諸国など観光依存度が高い国や対人接触の多い部門が経済に占める割合が大きい国では、損失がより長引くことになると予測されている。例えば、太平洋島嶼国では2024年にGDPがパンデミック前の予測を約10%下回ることになると推定されている。こうした国の多くでは、大規模な保健対策を実施したり暮らしを支えたりするための政策余地や能力もより限られている。

広範な休校措置が各国でとられているが、学習や技能習得に対する負の影響は低所得国でより大きくなっている。その結果、長期的に個人の収入損失と経済全体の生産性の毀損が生じ、これらが新型コロナ危機の主な後遺症となるかもしれない。

傷跡を大きくしないための政策

過去の景気後退の経験からは、金融危機を回避すること、また、景気回復が確実に軌道に乗るまで実効的な政策支援を行うことの重要性が明らかになっている。

各国は、影響を受けた世帯や企業向けのより対象を絞り込んだ支援と公共投資を組み合わせることによって、自国の政策をパンデミックの各段階に応じて調整することが必要となる。ワクチン接種の普及が進み、供給上の制約が緩和するのに応じて、こうした取り組みにおいては3つの優先事項に重点を置くことが求められる。

最後に、各国間で拡大しつつある格差に対処するには、強力な国際協調が必要となる。資金調達上の制約を抱える国が開発支出のための国際流動性に十分アクセスできることが不可欠である。これはつまり、保健面において、COVAXファシリティへの十分な資金拠出などを通じてワクチンの十分な生産と世界的な供給を確保し、発展途上国がパンデミックに打ち克ち傷跡の一層の悪化を防げるように支援することも意味する。

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ソナリ・ダスIMF調査局世界経済研究課のシニアエコノミスト。以前にはIMFアジア太平洋局で勤務し、中国、インド、ネパール、フィジーを担当した。研究分野は金融政策、投資、金融安定性など。コーネル大学で経済学博士号を取得。

フィリップ・ウィンジェンダーIMF調査局世界経済研究課のシニアエコノミスト。業務・研究上の関心分野は財政政策、所得格差、気候変動、応用計量経済学など。カリフォルニア大学バークレー校で経済学博士号を取得。

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