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エネルギー安全保障を見据えて、原子力活用の機運が高まっている

この数か月の間に、先進国における原子力の運命は劇的な転換期を迎えた。パンデミック後のエネルギー不足は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて本格的なエネルギー危機に発展し、欧州で予定されていた原子力発電所の閉鎖が土壇場で延期された。日本では、福島第一原子力発電所の事故から多くの原子炉が停止されていたものの、10年間の停滞状態を経た今、再稼働を進める計画が発表された。フランスでは、マクロン大統領の一期目に原子力への依存度を引き下げる計画が掲げられたが、方針転換を経て、今では原子炉6基と小型モジュール炉12基の建設が新たに計画されている。英国は8基の原子炉と16基の小型モジュール炉を新設する野心的な計画に着手した。脱原発を掲げるドイツでさえも、エネルギー分野の根本にある地政学的現実を認め、最後の原子力発電所3基の稼働期間を延長することにした。

原子力エネルギーへの回帰は、暗澹たる地政学的状況に差し込んだ希望の光である。再生可能エネルギーにはコストや実現可能性に著しい進展が見られたものの、今般のエネルギー危機は、いかに世界が化石燃料に依存し続けているのかを痛感させた。欧州はおそらく世界経済で最も裕福かつ環境負荷の低い地域であり、エネルギー経済を風力・太陽光エネルギーに移行させようと過去20年間に何兆ドルもの投資をしてきた。その欧州でさえ、ロシア産の石油・ガスを代替の化石燃料源に置き換えようと、激しい争奪戦への参加を余儀なくされている。米国を始め他の地域から液化天然ガスを輸入し、北アフリカからの新たなパイプライン計画を急ピッチで進め、停止していた石炭発電所を再稼働させることで、照明や工場にエネルギーを供給し続けているのだ。

原子力エネルギーへの回帰は、暗澹たる地政学的状況に 差し込んだ希望の光である。

新興市場国と発展途上国はさらに暗い様相を呈している。欧州はエネルギー不足を資金力で回避しようとしているが、世界の他の地域では、多くの場合、同様の対応を取るための資源がない。エネルギー価格の高騰は発展途上国でエネルギー不足、停電、抗議活動を招き、何億人という人々を極度の貧困に追いやっている。また、これに伴う肥料価格の高騰が収穫を脅かしており、ここ数十年で世界の最貧困地域で広く改善してきた飢餓状況が再び悪化する恐れがある。

再生可能エネルギーの限界

これらの進展を俯瞰すると、相互に関連するふたつの結論を導き出せるだろう。第1の結論は、世界が現在も化石燃料に深く依存しているということ。依存度の引き下げや炭素排出量の削減は実際に前進している。だが前進と言えども、電力部門で再生可能エネルギーの割合が上昇しているに過ぎず、そもそも同部門は世界のエネルギー使用量や炭素排出量の20%程度しか占めていない。また、世界エネルギー経済の他の部門では漸進的にエネルギー効率が向上しているが、その動力源は現在もほぼ完全に化石燃料に依存している。

第2に、化石燃料への依存を解消するためには、風力・太陽光エネルギーだけでは不十分である。最富裕国の電力部門でさえも、風力・太陽光エネルギーの割合が総発電量の3分の1を大きく超える経済国はない。例外的な国を見れば、この事実が浮き彫りになるだろう。環境配慮のアイコンとも言うべきデンマークでは、電力の約50%が風力発電によってカバーされている。だが、デンマークはスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国から構成される遥かに広大な送電網に完全統合されており、水力発電と原子力エネルギーがその送電網の主要な電力源となっている。称賛を浴びているデンマークの風力エネルギーだが、北欧の送電網においては年間発電総量の4%程度しか占めていないのだ。

原子力エネルギーはこの両方の問題の潜在的な解決策であり、北欧が行っているように、送電網において変動性再生可能エネルギーを補完する安定した電力源となる。また、精錬業や肥料製造業から鉄鋼・水素製造に至るまで、完全電気化が困難な工業活動やエネルギー集約型の活動にも、広範にカーボンフリーな熱や電力を提供できる。

しかしながら、技術先進国の電力部門で発電を行う以上の役割を果たすのであれば、原子力技術は変化しなければならない。経済・制度的な環境が整備されていれば、これまで原子力部門の主流を占めた大型軽水炉技術は、配電網における化石燃料の代替電源として著しい有効性を示すかもしれない。フランスでは原子力が電源構成の75%を占め、スウェーデンなどいくつかの先進国でも50%近くを占めている。

しかし、大型軽水炉は複雑な技術であり、高度な訓練を積んだ人員がいなければ保守・運転ができない。炉心部には大量の核分裂性物質が含まれるため、何重もの予防安全システムがあって初めて安全に稼働できる。すると、発電所を安全に稼動させるために高度な規制能力が必要になる。また、大型軽水炉は、18か月ほどのサイクルで定期的に燃料を交換しなければならない。これは、核燃料サイクルと切り離して任意の場所で原子炉を稼働させることを、実質的に極めて困難にしている。様々な核拡散の懸念が生じるからだ。

低温で稼働する軽水炉は、大規模な工業用途の多くに必要な熱量を提供できず、電力部門での使用に限定される。電力部門においてさえ、軽水炉は出力増減の機能が限られているため、変動性の大きい風力・太陽光発電の送電網に合わせて最適化されていない。

原子力を改良する

以上の理由から、電力部門の垣根を超えて、世界の大部分におけるエネルギー安全保障や気候変動の課題解決に主要な役割を果たそうとするのであれば、原子力部門は大胆な変化を迫られるだろう。現在、工業用途に適した先進型炉技術が開発段階にあり、既存の石炭火力発電をこの技術に置き換えることが目標に掲げられている。中国は最初の高温ガス炉を送電網に接続しており、最終的には既存の石炭火力発電所を置き換え、水素製造や化学製品製造など他の工業目的にも利用する予定である。米国は、この10年間で2基の先進型実証炉を建設すると誓約している。X - エナジー社が手掛ける原子炉は工業用の熱と電力を供給する計画になっている。テラパワー社の原子炉は石炭火力発電所を代替する予定であり、溶融塩エネルギー貯蔵システムを内蔵することで、変動性のある風力・太陽光発電を補完するために最適化できる見込みだ。

これと同様に、シンプルで小型の先進的な原子炉は、従来の大型炉を保守、運転、制御する技術ノウハウと制度的能力がない国々のエネルギー開発ニーズに適しており、現在開発段階にある。オクロ社の原子炉「オーロラ」のような新しい先端技術は、米国とカナダで認可が申請されている。こうした超小型炉は密閉され、定期的な燃料交換を必要としないため、原子炉をそのまま送電網に接続したり、人里離れたオフグリッドな場所に設置したりする用途に適している。燃料交換をせずに何年も稼働でき、いずれは新炉に取り替えて、燃料交換や改修のために工場へ送り返すこともできるのだ。

原子力が多くの発展途上国で、かつ電力部門以外においても重要な役割を果たすためには、このようなイノベーションが不可欠であるが、イノベーションは技術にとどまらない。新技術が潜在性を十分に発揮して、世界規模で化石エネルギーを置き換える低炭素の熱・電力を供給するためには、新しい事業モデル、規制・認可・輸出に関する柔軟な新しいルール、そして国際的な核不拡散の枠組みの改定が必要とされるだろう。

気候変動に伴う開発資金という、長期にわたる偽善の祭典を大幅に見直すことも必須である。エネルギー危機を受けて富裕国たちが世界の化石燃料源を独占しようと争奪戦を繰り広げる傍らで、欧州連合、米国のバイデン政権、そして気候に関する世界的な動きが最貧国に圧力をかけている。貧困国はその僅かな富、インフラ、技術力で、世界の最富裕国にもできない偉業を、すなわち、大規模な化石燃料開発なしに経済へ電力を供給するという偉業を達成することが期待されているのだ。その原因は、気候変動を緩和すると銘打って、化石燃料開発の融資が全面的に禁止されていることにある。

ほとんどの開発銀行では、主に環境に配慮したドナー国の反対を受けて原子力・水力発電を除外しているため、開発への野心を抱く最貧国は、気候変動に伴う開発資金のもとでは実質的に、再生可能エネルギーしか使用できない。風力・太陽光エネルギーは多くの貧困国で地盤を築きつつあるものの、未だに規模が小さいため、通行可能な道路を敷設したり、肥料や鉄鋼を製造したり、あるいは急速に成長する都市で現代的な住居やインフラを建設したりする上では、ほとんど役に立たないだろう。

アフリカの電力供給

もし上記のエネルギー問題を追求する正当な権利をもつ地域があるとすれば、それは、スペインと同規模の電力を消費しながら、その18倍の人口を抱えるサブサハラ・アフリカ地域であろう。電気、クリーンな調理用燃料、現代的な交通手段にアクセスできない人々の数は6億人を超える。合成肥料の重要な原料であるアンモニアを生産できる工場は大陸全体に2か所しかなく、安価な肥料を入手できない小規模農家がその不利益を被っている。同地域の農家の収量は、米国や欧州の農家に比べて5分の1にとどまっているのだ。

風力・太陽光エネルギーと同様に、原子力エネルギーも万能薬ではなく、全ての問題を解決することはできない。そしてアフリカのニーズに沿った原子力技術が設計され、適切な規模で形になるのは、早くても十年後である。

しかし近年、ガーナ、ケニア、ナミビア、ナイジェリア、南アフリカ、スーダン、タンザニア、ウガンダ、ザンビアを含む多くのアフリカ諸国が、新たな原子力発電所の開発に大きな関心を表明している。そして新たな原子力発電所は、アフリカが現代的な繁栄の未来を切り拓く上で、その長い道のりに不可欠なものになるだろう。アフリカは2050年までに人口が2倍になると見込まれており、世界で最も人口の多い地域のひとつになるからだ。

最富裕国と同じように、アフリカや他の大半の発展途上国でも、今後数十年間は化石燃料を避けて通ることはできないだろう。世界中で化石燃料からの移行を加速させるには、化石燃料を完全に除外するのではなく、低炭素型の選択肢を検討すべきだ。原子力エネルギーは疑いの余地なく、その選択肢のひとつである。富裕国の世界が原子力の価値を見直している今、世界の開発課題、そして世界の気候課題に対処できるその潜在性もようやく見直され始めたのだ。

テッド・ノードハウスはブレークスルー研究所の創設者兼所長。

ジュゼル・ロイドブレークスルー研究所の気候・エネルギーアナリスト。

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。