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中央銀行と規制当局は暗号資産のさまざまなイノベーションに異なるアプローチを取らなければならない

中央銀行と規制当局には、暗号資産 関連のイノベーションによって通 貨と金融の未来がどのように形 成されていくかが明らかになる まで待つ余裕はない。デジタル資産、暗号通 貨、ステーブルコイン、中央銀行デジタル通 貨(CBDC)などのこうしたイノベーションは 急速に勢いを増している。

一部はすでに、理解して対処しなければならな いリスクをもたらしている。しかし同時に、利用す る価値のある潜在的便益も示している。世界中の 中央銀行や規制当局が、慎重にリスクと機会のバラ ンスを取るための枠組みを開発している。技術、事 業モデル、市場慣行が変化するにつれて、これらの 枠組みを絶えず発展させていく必要があるだろう。

シンガポールの中央銀行であり、統合金融規制 当局でもあるシンガポール金融管理局(MAS)は、 革新的かつ信頼できるデジタル資産のエコシステム の開発を目指している。同局は特定のリスクと潜在 的な利用法を考慮しながら、多様な暗号資産のイ ノベーションを個別に検討してきた。

デジタル資産

MASはデジタル資産の革新的かつ適切な利用を 積極的に推進している。

デジタル資産とは、その所有権がデジタル形式ま たは電子化された形式で表される何らかの価値が あるものを指す。債券などの金融資産、芸術作品と いった有形資産のほか、コンピューティング資源の ような無形のものも含まれる場合がある。デジタル 資産エコシステムには3つの際立った特徴がある。

• トークン化:ソフトウェアプログラムを用いて、資 産に対する所有権を保存、売却または担保として 使用できるデジタルトークンに変換すること。

• 分散型台帳、またはブロックチェーン:トーク ンの所有権または所有権の移転に関する変 更不可能な電子記録。

• 暗号技術:こうしたトークン(代用通貨)によ る取引が安全に行われるように先端暗号化技 術を用いること。

デジタル資産エコシステムは多大な経済的潜在 力をもたらす。より効率的な取引が促進され、未開 発の経済的価値が引き出される。金融サービスに おけるデジタル資産の活用法として最も有望な事 例は、貿易・決済、貿易金融、取引前・取引後の 資本市場活動である。

国境を超えた支払い・決済では、分散型台帳技 術を利用した共通決済ネットワークにより、決済時 間が2〜3日から10分未満に短縮され、取引コスト が譲渡価額の6%から1%未満に低減されつつあ る。貿易金融では、取引の追跡を可能にする共通台 帳により、信用状の処理時間が5〜10日から24時間 未満に短縮された。資本市場では、分散型台帳によ り、有価証券取引の清算や決済にかかる時間が2日 から30分未満に短縮されている。

シンガポールでは、有限会社ユナイテッド・オー バーシーズ・バンク・リミテッドが、スマートコント ラクトによってシームレスな作業の流れを促進す るマーケットノードのサービスプラットフォームに 向けて、6億シンガポールドルのデジタル債を試 験的に発行した。スマートコントラクトとは、自動 的に動作を実行する、分散型台帳に組み込まれたコンピュータ・プログラムであり、例えば、事前に設 定された条件を満たした場合にクーポンが支払わ れるといった仕組みだ。マーケットノードは、シンガ ポール証券取引所と投資会社テマセクとのジョイン トベンチャーである。

世界中の中央銀行や規制当局が、慎 重にリスクと機会のバランスを取る ための枠組みを開発している。

MAS自体、ガーディアン計画というイニシア ティブを立ち上げている。このイニシアティブ はホールセール資金調達市場におけるデジタル 資産の応用を探究することを目指す。DBS銀行と JPモルガン、マーケットノードが主導する最初 の試みでは、一連のスマートコントラクトに入 庫されるトークン化された債券と預金の集積か ら成る流動性プールを作り出す。その目的は、 スマートコントラクトを通してこれらのトーク ン化された債券をシームレスかつ安全に借入・ 貸付することである。

デジタル資産を作り出すためのトークン化と いうコンセプトは、融資を超える可能性を秘め る。第1に、有形・無形の資産の貨幣化が可能と なる。第2に、トークン化により資産を分割する (すなわち、企業の所有権を株式に分割するよう に、資産の所有権を分割する)ことが容易にな る。第3に、トークン化によって、仲介を必要とせ ずに安全かつシームレスに資産を売買しやすくな る。トークン化し売買できる資産には芸術作品、不動産、商品があり、家畜さえも含まれる。すべて のトークン化資産が理にかなっているわけではな いが、理にかなうものはこれまで未開発だった経 済的価値を引き出す一助となりうる。 シンガポールでは、OCBC 銀行が、デジタル 取引所であるメタバース・グリーン・エクスチェ ンジと提携し、トークン化された炭素クレジット を使用したグリーン・ファイナンス商品を開発し た。森林再生などのグリーンプロジェクトから生 み出された炭素クレジットをトークン化し、分散 型台帳に記録することで、出所を明確にし、クレ ジットの二重計上のリスクを軽減する。企業は自 社の炭素排出量を相殺するために、これらのクレ ジットを自信をもって購入できる。 デジタル資産エコシステムには、取引を円滑に するトークン化された交換手段が必要となる。 暗号通貨、ステーブルコイン、CBDCが人気のあ る候補の3つである。

暗号通貨

プライベート暗号通貨(最も知られているのは おそらくビットコイン)は金銭としては失格で ある。交換手段として、価値貯蔵手段として、 そして価値尺度手段として、能力が低いのだ。 今日広く取引されている暗号通貨の多くは、実 際にはブロックチェーン・プロジェクトへの投 資持分を表すユーティリティトークンである。 しかし、これらはブロックチェーンの外で独り 歩きしている。ブロックチェーンの基本的な経 済的価値から切り離された価格で、活発に取引 され、投機されている。この暗号通貨の極端な 価格変動により、発展性のあるトークン化通貨 や投資資産の形としては除外される。

また、暗号通貨のユーザーは電子ウォレットアドレ スや匿名で運用するため、暗号通貨によってマネー ロンダリングを含む違法取引が行われやすくなって いる。加えて、暗号通貨は、サイバー空間で急速に拡 大している犯罪であるランサムウェアも助長している。

MASは一貫して暗号通貨での取引のリスク に関して一般の人に警告を発している。また、 一般市民に対する暗号通貨の広告やプロモー ションを禁止するといった手段を用いて、個 人が暗号通貨を利用しにくくしている。MAS は個人による暗号通貨の利用をさらに制限 する予定である。

ステーブルコイン

MASは、適切に規制され、質の高い準備金に安 全に裏付けられることを条件として、ステーブルコ インに可能性を見出している。

ステーブルコインは、その価値が別の資産(通常、 米ドルなどの不換通貨)に連動するトークンである。 安定性とトークン化の利点を兼ね備えることで、分散 型台帳上の決済手段として使用することができる。

ステーブルコインは暗号資産エコシステムの外で 受け入れられ始めている。一部のテクノロジー企業 は自社の決済サービスに人気のステーブルコインを 組み入れた。ビザやマスターカードはUSD コインを 使用して決済する取引を認めている。ステーブルコイ ンがより安価で、高速かつ安全な決済を可能にす るならば、これは前向きな動きとなるだろう。また、 ステーブルコインが既存の市場参加者にもたらす 競争上の課題が従来の決済手段の改善に拍車を かける可能性もある。

ただし、ステーブルコインの成果を得るために、規 制当局は同通貨が確実に安定している(stable)こ とを保証しなければならない。不換通貨に固定され るだけでは不十分である。その安定性はコインを裏 付ける準備資産の質によって決まる。最近のステー ブルコイン、テラUSDの暴落は、そうした質の裏付 けの必要性を実証した。テラUSD は、安全な資産 の裏付けによる代わりに、裏付けのない姉妹暗号 通貨であるルナとの複雑な関係を通して供給をコ ントロールするアルゴリズムに依存することで安定 性を確保しようとした。

各国当局はステーブルコインの可能性を認識 しており、その発行と流通を規制する提案を策定 している。流動性、クレジット、資産の市場リス ク、保有する準備金の監査可能性、ステーブルコ インを額面価格で償還できるかどうかといった、 連動を裏付ける準備資産の管理が重視される。

ただステーブルコインも潜在的なリスクがない わけではない。金融資産を担保とするため、裏付 けのない暗号通貨と比べ、さらに幅広い金融シス テムともっと密接に関連し合っている。流動性ス トレスに直面した場合、金融資産を準備金として いるステーブルコイン発行者はその資産の投売り を余儀なくされ、そうすると金融システムに波紋が 広がる可能性もある。

こうした金融システムへの波及によるリスク は現時点では小さいものの、これが重大なリス クになった場合に備え、適切な規制上の方策が 検討されている。金融安定理事会(FSB)などの 国際的基準策定団体は引き続き、この分野に関 する指針を更新していく。MASは間もなくシン ガポールにおいてステーブルコインを規制する 提案を公表する予定である。

ホールセール型CBDC

CBDCは、中央銀行の直接債務であり、決済手段 である。ホールセール型CBDCは金融仲介機関に よる使用に制限されており、現在商業銀行が中 央銀行に預け入れている残高に似ている。MAS は、特に国境を超える支払い・決済において、 ホールセール型CBDCを有力視している。

現在の国境を超える支払いは時間とコストがか かる上に不透明である。支払いは最終的な送り先 に届くまでに複数の銀行を経由しなければならな い。シンガポールのペイナウとタイのプロンプトペ イとの間のように、国をまたいで即時支払システム を直接連動させることでリアルタイムの支払いを 実現しコストも大幅に下げられる。ただそれでも即 時決済ではない。目標は、24時間体制のリアルタイ ムで、もっと低コストでの国境を超えた即時決済を 実現することである。

デジタル資産エコシステムが金融環境の不変の要素となり、今日の仲介 ベースのシステムと共存している未来を想像することは不合理ではない。

分散型台帳上のホールセール型CBDCには、ふ たつの関連付けられた資産をリアルタイムで交換 するアトミック決済を実現する可能性がある。国 際決済銀行イノベーションハブは、複数の国に跨 がるアトミック決済を可能にするための共通の マルチCBDC プラットフォームを研究するダン バー計画に着手した。これはMAS、オーストラ リア準備銀行、バンク・ネガラ・マレーシア、南 アフリカ準備銀行の共同プロジェクトである。

リテール型CBDC

基本的に中央銀行が一般市民に発行するデジタ ルキャッシュであるリテール型CBDCの有意性は 劣る。他の規制対象のデジタル通貨(ステーブルコ インやトークン化された銀行預金など)と比較した リテール型CBDC のユニークな特性は、中央銀行 の負債となりうることである。

リテール型CBDCへの関心は近年急速に高ま っており、多くの中央銀行がこれを試している。リ テール型CBDCについて頻繁に取り上げられる3 つの論点がある。

まずは、リテール型CBDCにより、現金が消滅 したデジタル経済において公的資金へのアクセス が維持されるというもの。一般市民はデジタルマ ネーが、現金と同じように、常に安定しており信用 リスクや流動性リスクがないものであるべきと感じ ているかもしれない。しかし、中央銀行の負債と商 業銀行の負債の違いは、一般に、大半の個人にとっ て実質ほとんどない。人々が自分の金銭が安全で あり、危機の際には中央銀行が緊急対策を用意し ていると信頼している限り、公的資金への直接アク セスは必要ないかもしれない。

ふたつ目は、新たなデジタルマネーを公的に直 接供給すれば、銀行または電子ウォレット・プロバ イダーによるリテール決済領域の独占を抑制すると いう言い分があるかもしれないというものである。 ただし、競争を高め、確実に決済システムが必要な 基準を満たすようにするためには他の方法がある。

• ノンバンクなど、より多くの参加者にリテール決 済システムを解放する

• 加盟店がクレジット/デビット販売について支払 う交換手数料の上限を定める

• 速度とアクセス、相互運用性(異なる決済ネ ットワークにわたり支払いを行えること)の 最低基準を設定する

言うまでもなく、規制の導入は、その規制が決済 システムへの新規参入者を阻止することになるかも しれない可能性を考慮する必要がある。

3つ目は、リテール型CBDCでは、現在の電子決 済システムよりも、個人情報と取引に関してプライバ シーと管理が強化されることである。ただしここで も、ユーザーのプライバシーを守り、健全なデータ ガバナンスを保証するための規制や法制の強化が、 リテール型CBDC発行の代替案として考えられる。

MASは、シンガポールの決済システムが適切 に機能し金融包摂が広範に及んでいることを踏 まえ、リテール型CBDCを導入する確固たる理由 が今のところあまりないと考えている。リテール型 電子決済システムは高速かつ効率的で、コストが かからず、残存する現金は引き続き流通しており、 消滅する可能性が低いのだ。それでもMASは、状 況が変わった際にリテール型CBDCを発行できる ように技術インフラを構築している。

未来像

こうしたさまざまなイノベーションがどのように 展開していくかについて決め付けすぎるのは無 謀だろう。中央銀行や規制当局は、継続的に 傾向と動向を観察し、適宜方針や戦略を適応 させる必要がある。

しかし、デジタル資産エコシステムが金融環境の 不変の要素となり、今日の仲介ベースのシステムと 共存している未来を想像することは不合理ではな い。従来の不換通貨は優位性を保つだろうが、安 全に裏付けられたプライベート・ステーブルコインや ホールセール型CBDCは国境を超えた支払い・決 済において重要な役割を担うことが期待されるか もしれない。リテール型CBDCは、現在の現金が担 っている役割に似たマネタリーベースの端役として 浮上してくる可能性がある。

ラヴィ・メノンはシンガポール金融管理局のマネー ジング・ディレクター

記事やその他書物の見解は著者のものであり、必ずしもIMFの方針を反映しているとは限りません。