IMF世界経済見通し
2020年4月「世界経済見通し(WEO)」
2020年4月
総括
国際通貨基金(IMF)が前回の「世界経済見通し(WEO)改訂見通し」を発表してからの3か月で、世界は劇的に変わった。感染症の世界的流行というシナリオは、経済政策のこれまでの議論において可能性として取り上げられたことはあったが、それが実際に発生するとどのような状況になるのか、またそれが経済にどのような意味を持つのか、明確に理解していた者はいなかった。私たちは今、指数関数的な感染拡大によって、ほんの数日で感染者が百人から1万人に急増するという厳しい現実に直面している。多くの人命が失われるという悲劇が起き、ウイルスは今も世界中で猛威をふるっている。人命を救うため、たゆみなく努力を続ける医療従事者や救急隊員の方々には心から感謝を申し上げる。
今回の危機は他に類を見ない。第一に、そのショックが大きい。今回の公衆衛生危機とそれに付随した感染症拡散防止措置にともなう生産活動の落ち込みは、世界金融危機を引き起こした損失を凌駕する可能性が高い。第二に、戦争や政治的危機と同じように、今回のショックの持続期間や深刻さについては依然として不確実性が高い。第三に、現在の環境下では経済政策の役割に大きな違いがある。通常の危機では、政策当局者はできるだけ迅速に総需要を刺激し、経済活動を活性化しようとする。一方、今回の危機の大部分は必要な拡散防止措置の結果である。このため経済活動を刺激するのはより困難であり、少なくとも最も影響を受けた産業においては望ましくもない。
本報告書の示す世界経済の予測は、パンデミックの行方、そしてウイルス拡散を遅らせ、人命を守り、医療システムの対応能力を維持するための公衆衛生対策の行方に対するIMFの現在の理解を反映している。この点について、IMFは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に取り組む疫学、公衆衛生、感染症の専門家と多くの議論を重ねることができた。しかしこの予測、パンデミックそのもの、そのマクロ経済への影響、さらには金融市場および一次産品市場のストレスなど、依然として相当な不確実性が存在する。
世界経済が今年、10年前の世界金融危機のときを超える、大恐慌以来最悪の景気後退を経験する可能性はきわめて高い。現在の危機は大恐慌ならぬ「大封鎖」の様相を呈しており、世界経済はこの危機の結果、劇的なマイナス成長に陥ることが予測される。2021年には成長率がトレンドを上回り、部分的回復が見込まれるが、GDPの水準はウイルス流行前のトレンドより低い水準にとどまるだろう。しかも、回復の力強さについては大きな不透明感が存在する。成長率はさらに低くなる可能性もあり、その可能性は高いとさえ言える。世界的流行と拡散防止措置が長引く、新興市場国と発展途上国の経済がさらに深刻な打撃を受ける、金融環境のタイトな状態が続く、あるいは企業倒産や失業の長期化の結果、危機の爪痕が烙印のように消えず、その影響が広範囲に残ることがあれば、成長率が予想を下回る事態に終わるだろう。
今回の危機には、2段階のフェーズでの対応が必要だ。感染症の封じ込めと安定化のフェーズと、それに続く回復のフェーズだ。どちらのフェーズでも公衆衛生と経済の両面における政策が決定的に重要な役割を果たす。隔離、都市封鎖、社会的距離の確保などはいずれも感染拡大を遅らせ、医療システムにサービスへの需要急増に対処する時間を与え、また治療法やワクチンの開発に取り組む研究者のために時間を稼ぐことにつながる。こうした措置は経済活動の落ち込みがさらに深刻化し、長期化するのを防ぎ、景気回復の準備を整えるのに役立つ。
医療システムに十分な能力と資源を確保するためには、医療への支出を増やすことが重要だ。医療従事者の家族への教育扶助や遺族給付の充実など、パンデミックとの戦いの最前線に立つ医療従事者への特別報酬も検討すべきだ。
経済が停止している間、政策当局者は市民が基本的ニーズを満たせるようにし、また感染症が深刻な急性期を脱したら企業活動が回復するように、対策を講じなければならない。それには社会の経済的・金融的なインフラを保ち、労働者と企業、資金の貸し手と借り手の経済的つながりを維持するための大規模かつ的を絞った財政、通貨、金融対策が必要だ。たとえば、非公式経済の規模が大きい新興市場国や発展途上国では、対象を絞った支援を実施するために、新たなデジタル技術を活用してもよいだろう。多くの国の政策当局者が多様な政策を迅速に取り入れ、この未曾有の危機に立ち向かっていることには勇気づけられる。
広範囲にわたる刺激策や、金融システム全体に影響が及ぶシステミック・ストレスを抑えるための流動性対策は、信頼感を高め、金融システムを通じてショックが増幅されるのを防ぐことで需要がさらに縮小するのを防ぎ、最終的な景気回復への期待を高めることができる。この分野においても複数の中央銀行による迅速かつ大規模な行動は重要な役割を果たし、資産価格や信頼感のさらに急激な低下を回避することにつながった。とりわけ重要な点としては、国際流動性を確保するため、主要な中央銀行の間でスワップラインを創設・稼働させてきたことが含まれている。
危機が続く間、そして終息後も、政府や中央銀行の経済への関与が増大するなど、経済の様相は大きく変わるだろう。
強固な統治能力、質の高い医療システム、そして準備通貨を発行するという特権を持つ先進国は、この危機を乗り越えるのに比較的恵まれた立場にある。しかしそのような強みがなく、医療、経済、金融の危機に同時に見舞われている複数の新興市場国や発展途上国は、こうした国に債権を持つ先進国から、また、国際金融機関からの支援を必要とするだろう。
多国間協調が鍵となるだろう。世界中の医療システムを強化するために物資や知見を共有することに加えて、新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬が開発されたときに、豊かな国も貧しい国も同様に直ちに利用できるように国際社会は協力を行うべきである。また、多くの新興市場国や発展途上国への金融支援を拡充する必要も生じるだろう。巨額の債務返済を抱えている国々には、債務の支払猶予や再編を検討する必要があるかもしれない。
最後に、今回のようなパンデミックの再発を防ぐための対策を、検討する価値がある。珍しい感染症に関する情報交換が活発かつ自動的に行われるようにすること、より早期かつ大規模な検査の実施、個人用保護具の国際的備蓄、重要物資の取引に制限を課さないルールの整備など、グローバルな公衆衛生インフラの改善は、公衆衛生と国際経済の両方の安全性を高めるだろう
悲惨な状況にあっても希望を持つ理由が多く存在する。大規模な感染拡大が起きた国々では、社会的距離を保つための強力な措置が実施されて以降、新規感染者数が減少している。治療法やワクチンの開発が先例のない速度で進んでいることにも希望が持てる。多くの国が実施した迅速かつ大規模な経済政策措置は、経済への打撃が一段と深刻化するのを防ぐことで人々や企業を守り、回復の基盤を整えるだろう。
世界経済が前回これほどの危機に直面したのは1930年代だ。当時は国際的な最後の貸し手が存在しなかったことから、各国は国際流動性の確保に必死になり、その過程で無益な重商主義的政策を採り、世界的不況をさらに悪化させた。今回の危機が決定的に違うのは、IMFを中心とするより強固な国際金融セーフティネットが存在し、すでに脆弱な国々への支援を積極的に実施していることだ。
10年前、2008年から2009年の世界金融危機に際して、IMF加盟国は財政的苦境に陥った国々を支援するための財源を拡充した。IMFは今回も緊急融資の迅速な実行など融資制度を通じて、経済的打撃を抑えるための国家レベルの政策的取り組みに積極的に関与している。また加盟国は10年前に経験したものよりさらに深刻と見られる危機を受けて、再びIMFの財源を拡充するために尽力している。このような取り組みはパンデミックの終息後に世界経済が立ち直り、職場や学校が再開し、新規雇用が増加し、消費者が公共の場に戻るのを、つまり少し前まで私たちが当たり前だと思っていた日常の経済活動や社会的交流を取り戻すのを、大きく後押しするだろう。
要旨
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行により、世界中で多くの犠牲者が発生し、その数は増え続けている。命を守り、医療システムの対応能力を維持するため、隔離、都市封鎖、そして広範な事業閉鎖によってウイルス拡散を遅らせることが必要になった。このため今回の公衆衛生危機は経済活動に甚大な影響を与えている。感染症の世界的流行によって、世界経済は2020年にマイナス3%と大幅な縮小が予想され、これは2008年から2009年にかけての世界金融危機のときよりもはるかに深刻だ(表1.1を参照)。2020年後半にパンデミックが収束し、拡散防止措置を徐々に解除することが可能になるという想定に基づくベースラインシナリオによると、2021年には政策支援もあって経済活動が正常化し、世界経済は5.8%成長すると予想される。
世界経済の成長予測は、極端な不確実性をともなう。経済への影響はさまざまな要因に左右されるが、それぞれの相互作用を予測するのは難しい。たとえばパンデミックの経過、拡散防止措置の厳格さや有効性、供給の混乱の度合い、世界の金融市場環境の劇的なタイト化の影響、支出パターンの変化、行動変容(消費者がショッピングモールや公共交通を避けるようになるなど)、景況感への影響、一次産品価格の激しい価格変動などだ。多くの国が公衆衛生ショック、国内経済の混乱、外需の急減、国際資本の逆流、一次産品価格の急落から成る重層的危機に直面している。さらに厳しい結果となるリスクは高い。
さらに厳しい結果となるのを防ぐには、効果的な政策が肝要だ。感染拡大を抑え、命を守るのに必要な措置は、短期的には経済活動に悪影響を及ぼすが、長期的には人々と経済の健康への重要な投資となると考えるべきだ。当面の優先事項は新型コロナウイルス大流行の影響を封じ込めること、とりわけ医療支出を増やして医療部門の能力や資源を強化する一方、感染拡大を抑える措置を実施することだ。また経済政策によって、経済活動の減少が人々、企業、金融システムに及ぼす影響を和らげること、不可避かつ深刻な景気後退の傷跡を減らしてその影響が長期化するのを防ぐこと、パンデミックが終息したらすぐに景気回復が始まるよう後押しすることも必要だ。
経済的影響は特定の業界における特に厳しいショックを反映するため、政策当局者は影響を受けた世帯や企業を支援するために対象を明確にした大規模な財政、通貨、金融市場対策を実施する必要がある。このような政策行動は、経済が停止した期間を通じて経済的つながりを維持するのに役立ち、またパンデミックの勢いが弱まり、拡散防止措置が解除されたときに経済活動が徐々に正常化するよう促すのにも不可欠である。影響を受けた国々のなかでも、先進国・地域の多く(オーストラリア、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スペイン、イギリス、アメリカなど)では、迅速かつ大規模な財政対応が見られた。新興市場国や発展途上国の多く(中国、インドネシア、南アフリカなど)も、大きな打撃を受けた産業や労働者に対する大規模な財政支援を提供あるいは発表し始めている。経済活動の停止が長引くようであれば、あるいは制限が解除されても活動の回復が弱すぎるようであれば、財政措置は拡大する必要があるだろう。パンデミックやその影響と戦ううえで財政的制約に直面している国々では、外部からの支援が必要になるかもしれない。広範囲にわたる財政刺激策によって景況感の急激な落ち込みを防ぎ、総需要を高め、さらに深刻な景気後退を回避できる可能性がある。ただ財政刺激策の効果が大きくなるのは、大流行が収まり、人々が自由に移動できるようになってからである可能性が非常に高い。
ここ数週間の規模の大きい中央銀行による重要な行動として、システミックなストレスを抑えるための金融刺激策や流動性対策が挙げられる。こうした行動は信頼感を下支えし、ショックの増幅を抑えることで、回復に向けて経済をより良い状態に保つことに寄与している。各国が一斉に行動を起こすことによって各国に生じる効果が高まるだけでなく、新興市場国や発展途上国が金融政策を活用して国内の景気循環面での状況に対応する余地を生み出すのにも役立つ。監督当局は信用リスクについて透明性の高い評価を維持しつつ、苦境に陥った世帯や企業への融資条件の見直しを銀行に促すべきだ。
パンデミックの影響を克服するためには、強力な多国間協調が不可欠だ。そこには公衆衛生危機と資金難という2種類のショックに同時に見舞われ、財政的苦境に陥っている国々への支援も含まれる。そして医療制度が脆弱な国々に援助が届くようにするためにも、協調は欠かせない。ウイルスの拡散ペースを遅らせるため、また感染症に対するワクチンや治療法を開発するために、各国の協力は待ったなしだ。そのような医学的介入が利用できるようになるまで、世界のどこかで感染が起きているかぎり、感染の第一波が収まったあとの再流行を含めて、パンデミックの影響を免れる国はない。
表1.1 2020年4月「世界経済見通し(WEO)」の予測一覧 >