財政モニター

財政モニター 2019年10月

2019年10月

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要旨

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地球温暖化がこの惑星と、世界各地の人々の生活水準を脅かしている。そして、気候変動を制御可能なレベルに食い止める上で好機となる期間は刻一刻と経過している。この憂慮すべき傾向を助長する主要因となっているのが二酸化炭素(CO2)排出だ。財政政策の果たすべき役割は大きい。今号の「財政モニター」では、気候変動を緩和してその有害かつ致命的な影響を軽減するために、政策当局が至急行動すべきだと論じている。気候変動は、海面上昇や沿岸洪水、より頻発するようになった極端な気象事象、食糧供給の途絶など、世界中のあらゆる人々に悪影響を及ぼす重要課題をつきつけている。

これまでに取られてきた措置は不十分であった。2015年のパリ協定は方向性としては正しいものの、各国が約束した内容では、産業革命前からの気温上昇を摂氏2度以下にとどめるという科学者たちが安全だと見なすレベルにまで気候変動を抑制するのには、到底足りない。さらに、各国が合意した通りに排出量を削減しているのかについて不透明感が残る。政策措置の実行に失敗した場合はもちろん、政策措置が遅くなればなるほど、より多くのCO2が大気中に蓄積され、地球の気温安定化にかかるコストは増大する。より良い未来は実現可能なのだ。技術的手段や政策手段を駆使して、経済成長を堅調に保ち雇用を創出しつつ、石炭など大気汚染を引き起こす化石燃料からよりクリーンなエネルギーに切り替えていくことができる。こうした必要な転換が起こるために要となる課題は、国内的にも国際的にも十分な政治的支持を集められるような方法で、その費用と効果を分配していくことである。

気候変動を緩和する財政政策

今号の「財政モニター」では、化石燃料からのCO2排出を削減する様々な気候変動緩和戦略の中でも、炭素税が最も強力で効率的であると主張されている。炭素税は、例えば石油精製所、炭鉱、加工工場からの化石燃料供給に対して、炭素の含有量に応じて課される税だ。炭素税が最も強力かつ効率的なのは、企業や個人が、エネルギー消費を減らし、よりクリーンな代替エネルギーに切り替える上でコストが最小の方法を見出すことを促進するからだ。税負担が家計消費に占める割合は、中国や米国など、高所得世帯よりも低所得世帯でやや大きくなる国もあるが、カナダやインドなど、ほぼ同等かわずかに小さくなる国もある。

本章では、自国の緩和戦略を遂行するために各国が課さねばならない炭素価格と、その他の緩和手段とのトレードオフを分析する。地球温暖化を摂氏2度以下に抑えるためには、思い切ったスケールの政策措置が必要だ。例えば、即時導入され2030年にはCO2排出量1トンあたり75ドルとなるよう急ピッチで引き上げられるグローバル炭素税が考えられるが、それを実施した場合、政策措置を何ら講じなかった場合をベースラインとして比較すると、各世帯の電気代とガソリン代は今後10年間に累計・平均でそれぞれ45%15%上昇することになる。このような炭素税からG20参加国・地域が得られる歳入は2030年に平均でGDP1.5%となる。こうした歳入は例えば、低所得世帯支援、炭鉱地域など不釣り合いに大きな悪影響を受ける労働者やコミュニティへのサポート、他の税の減税、クリーンエネルギーのインフラや国連の持続可能な開発目標(SDGs)に向けた投資資金としての活用、財政赤字削減、または全人口への均等な配当の支払いなどのかたちで再分配することが可能である。今号の「財政モニター」では、上記のような歳入の使い方を経済的効率、また、所得分布への影響の点から比較している。例えば、カーボンプライシングを所得減税ではなく全人口への均等な配当と組み合わせた場合、低所得層に有利なかたちで所得再分配することにはなるが、経済的効率は向上しないことになる。中間的なアプローチを取って、例えば最も貧しい40%の世帯および脆弱な労働者やコミュニティに対して補償する場合には、歳入の残り4分の3を生産的投資や所得減税など他の目標を達成するための財源とすることができる。

化石燃料からのシフトは経済を変容させるのみならず、各世帯の生活や企業や地域社会をも大きく変えることになるだろう。重要な点だが、このシフトは、大気汚染による死者数減など国内的に環境面で付加的な便益を直ちにもたらすだろう。G20参加国・地域で1トンあたり75ドルの炭素税を導入するだけでも、早逝する人の数が2030年に725,000人減ると考えられる。新たなテクノロジーを展開する企業は収益を上げ、雇用を生み出すだろう。再生可能エネルギー部門では、全世界で創出された雇用の数が2017年に既に1,100万に達している。

炭素税が実行可能でない場合、同じくらい幅広い経済活動に適用されるならば、排出権取引制度も同等の効果を発揮するだろう。排出権取引制度では、排出権が競売または割当の後で売買される。

これらの緩和戦略のいずれも必要な規模で利用できない場合には、CO2排出原単位が平均を上回っているか下回っているかにより製品や活動に料金を課したり払戻金を与えたりする「フィーベート」や、排出率やエネルギー効率に関する基準などの規制を用いて、炭素税を用いた場合のCO2削減機会の3分の2を作り出すことが可能だろう。フィーベートや規制は、個人や企業がより環境にやさしいエネルギーに切り替えていくことを促すが、エネルギー消費活動を妨げるものではない。必要な排出削減を完全に達成するためには、フィーベートや規制をより積極的に使う必要があり、既存の生産プロセスはより大きな混乱をきたすことになるだろう。最適とは言えないツールを用いての気候変動緩和は経済的代償を伴う。だがそれでも、地球温暖化の壊滅的な影響に比べれば小さなコストなのである。

共通の未来のための国際協力

いくつかの先進国や新興市場国では既に炭素税や排出権取引制度が用いられているが、十分とは言えない。実際のところ、炭素排出量価格の世界平均は現在1トンあたり2ドルで、気温上昇を摂氏2度以下に抑えるという目標の達成に必要なレベルには遠く及ばない。排出量が最も多い国々の間で炭素価格下限を取り決めることによって、パリ協定のプロセスを早期に強化し始めることが可能なはずだ。この取決めによって、共通の尺度に基づく透明性の高い目標が設定され、エネルギーコスト上昇による国際競争力喪失の不安が解消されるだろう。最も排出量の多い3か国(中国、米国、インド)が参加すれば、3か国間の取決めだけで既に世界全体の排出量の半分以上を対象にできるだろう。低所得国や新興市場国に対しては、下限を低めに設定したり、他国との排出量取引を許可したりできる。この取決めでは、例えば各国内での排出権取引制度やフィーベートや規制を用いたアプローチなど異なる政策アプローチを、検証手続きに合意した上で受け入れられる。

気温安定化目標を達成するということは、世界のエネルギー投資を全体としてさらに大幅に増加させなければならないと意味するわけではない。しかし、エネルギー供給投資を低炭素エネルギー源へとシフトさせることが至急必要である点を示している。いま構築されるインフラが今後数十年の排出量レベルを左右することになるからである。研究開発のインセンティブや、低排出技術が十分なスケールメリットを得られるようになるまで、こうした技術への需要を促進するための一時的な財政的インセンティブ、民間資本にアクセスしやすくするグリーン債券市場など、追加政策が求められる。発電向けなどより長期的な投資を検討中の企業は、将来の税や規制に関する政策に確信を持てなくてはならない。したがって、政策当局は、国際社会に向けた約束を行うことも含め、可能な限り長期にわたって気候変動緩和政策を固定すべきである。

異なる政策ツールには賛否両論があるが、気候の危機は人類の存続に関わる差し迫った課題であり、主要ステークホルダーには適切な政策措置をすべて講じることが求められている。各国の財務大臣は、炭素税、また、炭素税に準ずる政策に着手し、補完的な税制措置や財政出動を通じて気候変動の緩和をより受け入れやすいものにし、クリーンテクノロジーへの投資に十分な予算を確保し、そして各種戦略を国際的に調和させていくことによって、この危機に立ち向かうことができるはずだ。