2019年対日4条協議終了にあたっての声明

2019年11月25日

「協議終了にあたっての声明」は、国際通貨基金(IMF)職員による公式訪問(大半の場合は対加盟国)の終了に伴い発表されるもので、職員による初期評価を示すものである。IMF訪問団の派遣は、国際通貨基金協定4に基づき定期的に(通常は年1回)行われる協議の一環として、また、IMF資金の利用(IMFからの借り入れ)の要請に関連して、あるいは、スタッフ・モニタリング・プログラムの協議のため、さらには、職員によるその他の経済情勢モニタリングの一環として行われる。

各国当局はこの声明の公表に同意している。同声明における見解はIMF職員の見解を示すもので、必ずしもIMF理事会の見解を示すものではない。この初期評価を基に、IMF職員は報告書を作成する。その報告書はマネジメントの承認を受け、IMF理事会に協議や決定のための資料として提出される。日本経済は潜在成長率を上回るペースで成長を続けている。しかし、国内需要の緩やかな成長は、外的環境の悪化によって損なわれつつあり、下振れリスクが増大してきている。さらに、人口動態による逆風が強まるにつれて、マクロ経済上の課題も増えている。アベノミクスの戦略は今も適切ではあるが、潜在成長率を高め、経済のリフレーションを実現し、公的債務を持続可能なものにするためには、さらに力強い政策が必要になっている。こうした目標の実現のために行う包括的かつ連携した努力には(1)高まる金融安定性リスクを緩和するとともに、金融政策の持続可能性を高めうる金融セクター政策とより連携した形での緩和的金融政策の継続、(2)歳入・歳出の施策が特定され、しっかりと具体化された中期的な財政枠組み、(3)労働、製品市場、企業改革に向けた意な取り組みの3点が含まれるべきである。

最近の経済動向と政策

外的な逆風が強まる中でも潜在成長率を上回る成長が続いているが、物価上昇の勢いは引き続き弱い。(大型連休に支えられた)民間消費と政府支出が、2019年上半期の成長を支えた。外的条件の悪化と不透明感の高まりに応じるかたちで、輸出と輸出に牽引される投資が弱含んだ。201910月の消費税率引上げは、部分的には政府の引上げ対策のおかげで、2014年ほどの影響を消費に対して及ぼしていない。2019年の実質GDP成長率は潜在成長率を上回る0.8%になると予測されている。失業率は1993年以来で見て最低水準にあるものの、総労働時間は減少しつつあり、GDPギャップは依然マイナスである。インフレ期待と賃金上昇率は今も力強さに欠ける。総合物価上昇率の勢いは弱まり、食品とエネルギーを除くコア・コア指数は約0.5%で安定している。

消費税率は、予定通り101日に2%ポイントの引き上げが行われ、同時に需要の乱高下を抑制し、経済への影響を緩和するための施策が実施された。これら施策には(1)中小・小規模事業者におけるキャッシュレス決済に対するポイント還元、(2)自動車や住宅の購入に対する税制上の支援、(3)インフラ投資、(4)保育や高等教育に対する追加支出が含まれる。こうした施策の結果、また引上げ幅が2%ポイントと、3%ポイントだった2014年と比べて小さく、食料品、非アルコール飲料、新聞が引上げ対象から除外されたという要因もあり、2014年よりも引上げ前の駆け込み需要は小規模に終わったようだ。しかし、9月には一部の耐久財で需要の高まりが見られた。

2016年以降、金融政策スタンスには大きな変化がないが、他の主要中央銀行と同様にさらなる刺激策を講じるよう求めるプレッシャーが増している。2016年から日本銀行は短期金利をマイナス(マイナス0.1%)で、また、10年物日本国債の利回り目標を0%で維持してきている。一方で、日銀はイールドカーブ・コントロールという枠組みの下で、日本国債の買い入れを減らしている。日銀は4月、海外経済に関するリスクを考慮し、政策金利に関するフォーワード・ガイダンスを明確化している。10月には、物価安定の目標達成に向けたモメンタムに明確に関連付けるとともに、政策金利に「下方バイアス」があることを明確にするために、政策金利に関するフォーワード・ガイダンスを改めた。1年前と比較すると、日本国債のイールドカーブは平坦化してきており、満期10年以下の日本国債は利回りがマイナス圏に沈んでいる。この結果、銀行融資の利ざやが縮小し、保険会社や年金基金の運用収入も減少しており、リスクのより高い資産配分を選択する動きに拍車がかかっている。金融環境は緩和的であり続けており、金融安定性リスクが高まっている。

構造改革の進行ペースは緩やかである。そして、効果を発揮するためにはより完全な実行が待たれる施策もある。「同一労働同一賃金」規制を20204月から導入する計画には、同一企業内の正規雇用労働者と非正規雇用労働者の「不合理な待遇差」をなくすためのガイドラインが含まれている。国の労働局が監督する仕組みもある。残業時間の上限規制は大企業については20194月から適用されているが、上限は比較的高く、生産性と賃金を上昇させるのは時間を要するかも知れない。外国人労働者の新たな在留資格が20194月に制定され、一部産業で特定技能労働者の更なる受入れが可能になった。しかし、資格要件が比較的厳しく、その結果、外国人労働者の受入れが抑えられているようだ。2015年のコーポレートガバナンス・コードは改訂されたものの、株式持ち合いの解消は大きく進んでいない。しかし、株主の行動主義は高まってきており、株主が経営陣に反対する票を投じることも増えてきていると報告されている。一方で、ETF買い入れの結果、日銀は日本の上場企業の最大株主の1つとなっており、アクティビスト投資家の余地を狭めている。加えて、金融庁は、潜在的に状態の悪い銀行に対する金融支援を阻害しないよう、国際的に活動しない金融機関に限り資本規制を緩和することで、銀行の他の銀行に対する投資に関する規制を緩める計画である。また、政府は、手続を簡素化しつつ、安全保障に関連する業種への外国投資に係る審査を強化する計画を前に進めてきた。

日本は貿易関係において大きな前進を遂げた。日本と欧州連合(EU)の間では日EU経済連携協定が20192月に発効した。また、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定は201812月に発効した。201910月、日本とアメリカは農産物と工業品の市場アクセスについて、また、デジタル貿易についての協定に署名した。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は交渉が前進した。日本は半導体やディスプレーの生産に必須の素材について韓国への輸出管理手続を強化し、簡略化された輸出手続は相互に停止されているが、経済的な影響は限定的である。

見通しとリスク

経済成長のペースは緩まり、物価上昇率はゆっくりと高まるものの中期的に日銀の物価目標である2%を下回り続けると見られる。民間消費の伸びは2021年末までに消費増税前の水準まで回復すると見込まれている。2020年から2021年の成長率は国内需要によって牽引されていくことになり、予測される純輸出の落ち込みを部分的に相殺するだろう。外的環境の逆風は、輸出に牽引される民間投資と製造業にとって重荷となるだろう。しかし、省人化技術への投資に伴い、非製造業投資が今後も堅調に推移すると見込まれている。中期的には外的環境が改善し、GDPギャップの解消が徐々に進むことになるだろう。現行の政策下で、期待インフレ率と実際の物価上昇率は目標を下回り続けると見込まれている。

日本は様々なリスクに直面している。経済政策の不確実性は高まる一方で、金融安定性リスクは増している。また、消費者や投資家の心理はここ数年間で最も冷え込んでいる。こうした状態はすべてリスクが全体的に高まっていることを示している。日本経済にとっての製造業の重要性を考慮すると、世界的な製造業の減速がさらに進めば、日本の輸出と投資が損なわれることになるだろう。こうした状況下で、減速がサービス業に波及した場合、経済が大きく下振れするリスクとなりかねない。

  • 短期リスク:消費増税後の消費の急激な落ち込み、また、落ち込みの長期化はリスクとなりうる。その一方で、2019年度の補正予算は国内需要と成長を押し上げるだろう。予測を下回る世界経済成長と脱グローバル化のさらなる進行が主たる外的リスクとなっている。市場心理の突然の悪化によって、リスク回避の高まりに繋がり、円が増価し(その結果リフレーションの取組みが損なわれる)、株式市場の変動を大きくし、マクロ金融リスクが増大する可能性がある。米ドル調達市場の乱れによって、日本の銀行の一部にとって資金調達コストが上昇するかもしれない。
  • 中期リスク:高齢化が進み人口が減少する中、収益性を保つために銀行、保険会社、年金基金が資産配分のリスクを高めており、バランスシートが悪化したり、資本制約がより厳しくなったりすることがありえる。こうした状況下では、実体経済に負の波及効果が生じうる。株価と日本国債利回りが大きく下振れすることに伴う市場リスクは、主要な銀行や生命保険会社に大きな損失をもたらしかねない。人口構造の変化は、高齢化に伴う政府支出、特に義務的な社会保障支出を増大させる。また、財政の持続可能性の懸念を高め、債券市場にもストレスが生じうる。リスクプレミアムの上昇によって、国の債務返済コストと借り換えリスクが増大するかもしれない。この結果、金融システムと実体経済に負のフィードバック効果が生じうる。

    日本の高齢化・人口減少に対する経済政策

    日本のマクロ経済上の課題は、人口動態による逆風に伴い、さらに困難なものになっていく。公式の予測では、今後40年間に人口が25%以上減少すると見込まれている。労働力が減るために成長と生産性が抑制され、課税ベースが縮小する一方で高齢化による支出が増大する中、財政面での課題がさらに困難なものとなる。さらに、労働市場が硬直している結果、生産性の伸びに制約が生じ、需要刺激策が実質賃金や物価に与える波及効果が阻害される。アベノミクスは7年目に入っているが、金融環境を緩和させ、財政赤字を削減し、雇用を増やし、女性の労働参加率を引き上げた。しかし、リフレーションの取り組みは力不足であり、現行の政策下では、公的債務が2020年代半ば以降に上昇することが予測されている。アベノミクスの3本目の矢である構造改革はより迅速に実施されえただろう。

    今の物価上昇率と期待インフレ率を高めるため、また、債務を安定させるため、潜在成長率を押し上げるために、包括的で相互に高め合う政策が必要とされている。

  • 金融政策と金融セクター政策の面では、日銀の緩和的金融政策スタンスが維持されるべきである。その一方で、金融政策の持続可能性を高めるため、また、金融安定性リスク増大の緩和のために、金融政策と金融セクター政策のさらなる連携が図られるべきである。
  • 財政政策については、短期的には、財政政策と所得政策は日銀のリフレーションに向けた努力を補い、構造改革の実行に寄与するものでなければならない。財政の持続可能性を確保しつつ短期的にさらなる財政余地を得るために、政府当局による財政健全化のための中期的な計画は現実的な前提に基づくべきであり、具体的な財政施策を明示すべきである。
  • 構造改革は、長期的な潜在成長率を引き上げ、政府債務を安定させるために不可欠である。供給面のデフレ効果は短期的な需要によって打ち消されるだろうが、この力となるのは信頼感の強化や見通しの改善、また、金融政策のより効果的な伝播である。

    金融政策と金融セクター政策

    日銀のイールドカーブ・コントロールという枠組みは金融緩和の持続可能性を高めているものの、物価上昇率は目標を下回り続けている。日銀は、インフレ期待を恒久的に押し上げるために政策の信頼性をさらに高める施策を検討しつつ、成長と物価上昇を支えるために長短金利目標を維持するべきである。具体的には下記の内容が求められる。

  • 物価安定目標をレビューする。技術革新などグローバル要因であれ、人口動態など国内要因であれ、物価上昇率の低さに貢献している構造要因に対する注目が高まっていることを踏まえ、物価安定の目標に合致したインフレ水準の再評価を実施しうる。さらに、日銀は物価安定目標達成が中長期的なものであることを強調しつつ、インフレ目標を幅で提示することで政策の柔軟性を高めることを検討しうる。そうすることで、日銀は金融安定性など競合する政策目標により柔軟に対処できるようになるだろう。
  • 金融政策実行を強化する。日銀は、現在の「二つの柱」政策戦略を、インフレ予測ターゲティング(IFT)の採用によって強化することも検討できるだろう。IFTは日銀によるインフレ予測の物価安定目標からの乖離に対して金融政策がより体系的に反応するようにすることで政策の信頼性と予見可能性を高める可能性がある。
  • 金融市場と国民とのコミュニーションをさらに改善する。歓迎すべきことに10月の金融政策会合の声明で政策金利と物価安定目標の関連性が明確化されたことを受け、日銀の政策ガイダンスは(1)日本国債買い入れの量的なガイダンスをやめること、(2)マネタリーベースからオーバーシュート型コミットメントを切り離すことで簡略化されうる。更に、日銀の「展望レポート」については、IFT戦略と合致するかたちで、現在掲載されている政策委員会委員による見通しの代わりに、合意された政策措置の方向性と整合性のある日銀職員による見通しを公表しうる。

    利回りが低い環境と人口高齢化が続く中、マクロ金融面で課題が生じている。金融安定性を保つために、金融庁は日銀との連携の下で、システミックなリスクの蓄積を緩和できるようにマクロプルーデンス政策枠組みを強化し、金融監督のさらなる強化に努めるべきである。具体的な政策手段には次のようなものがある。

  • イールドカーブ・コントロール枠組みを調整する。日銀は、金融緩和政策の長期化が金融機関の収益性に与える影響を緩和するために、残存期間が比較的長い国債の購入を抑えつつ、イールドカーブ・コントロールにおいて利回り0%の目標値を設定している対象を10年物国債から、満期のより短い国債に変更し、国債のイールドカーブをスティープ化することができる。
  • カウンターシクリカル資本バッファーを発動させる。名目GDP成長率を上回るペースで総与信は伸びてきており、金融環境は緩和的であり続け、金融面での脆弱性が高まってきている。こうした背景がある中、政府当局は銀行部門の高まるシステミックリスクへの耐性を先手を打つかたちで向上させられるように、カウンターシクリカル資本バッファーを現状の0%水準よりも引き上げることを検討すべきである。同時に、カウンターシクリカル資本バッファーの適用範囲を、国際的に活動する銀行だけではなく、国内銀行すべての国内与信エクスポージャーに拡大すべきだ。
  • プルーデンス監督・規制を強化する。金融サイクルが成熟期に入っている中で、金融庁はシステミックリスクの蓄積を発見・緩和できるように、リスク評価プロセスの密度を高めることで、また、マクロプルーデンス政策ツールキットを完成させることで、金融セクターに対する監督と規制の強化を継続すべきである。金融庁はまた、強力なミクロプルーデンス監督・規制を通じて、銀行に対してリスク管理とリスク耐性の強化を促し続けるべきである。この手段としては、リスクプロファイルに照らして資本要件を個別に設定すること、また、フォワードルッキングな形で貸倒引当金を積むよう奨励することがある。
  • 地域金融機関による事業モデルの調整を支える。地域金融機関が収入源の多様化、ITとフィンテックの活用改善、再編によって、健全性を確保できるように金融庁は促し続けるべきである。
  • 金融セクターにおけるその他の政策課題に対処する。金融庁は危機管理・破綻処理の枠組みを、例えば国内のシステム上重要な銀行(D-SIB)全行に総損失吸収力(TLAC)要件の適用範囲を拡大することで、強化すべきである。また、保険業界については経済価値に基づくソルベンシー評価の導入に向けた取組みを継続すべきである。

    財政政策

    2020年、そして必要であれば2021年も中立的な財政スタンスを維持し、継続される金融緩和との連携を図るべきである。2019年の消費税率引き上げによる税収増は、影響緩和策に伴う歳出増と歳入減により概ね相殺され、2019年の財政スタンスは概ね中立的になるだろう。ただ現在検討されている景気刺激策を考慮しなければ、2020年と2021年の財政スタンスは緊縮的なものとなる見通しである。明白な下振れリスク、そして成長の勢いを弱めかねない景気循環増幅的な財政引き締めを回避する必要性を踏まえ、2020年、そしてデータの数値次第では2021年も中立的な財政スタンスを維持すべきである。短期的に実施しうる追加的な財政施策には以下が含まれる。

  • 2020年において消費増税対策を延長する。消費税率引き上げの影響を緩和する臨時の措置の延長を検討すべきである。
  • 保育、医療、介護部門の労働者の賃金を更に引上げる。社会保障支出の伸びを抑制することは不可欠であるが、こうしたサービスの需要増加に対応して、十分な人材とサービス品質を確保するためには、供給サイドの施策が必要である。
  • 所得政策を強化し、貧困層を保護する。賃金の引き上げに対する法人税優遇措置の効果を高めること、最低賃金の引き上げ、行政が管理する賃金や社会給付の増額に向けた政府のコミットメントを明確化する必要がある。公共料金の価格決定メカニズムにコストをより反映させるとともに、低所得世帯対象の保護策が必要である。
  • 構造改革を支える。財政施策によって保育サービスを利用しやすくするとともに、企業の保育や介護への資金手当を更に増やし、非正規雇用労働者の生産性を高め、研究開発投資を増額するようなインセンティブを強化すべきである。

    債務を削減し、不確実性を抑制し、リフレーションや成長を支えるためには、財政の持続可能性を確実にする具体化された枠組みが必要である。政府は基礎的財政収支(プライマリーバランス)均衡の目標を2025年度に設定したが、前提の現実性と目標達成のための政策の具体性が、信頼性を高めることにつながる。明確で信頼性のある財政の拠り所があれば、政策の不透明感を抑える手助けとなり、企業の投資を増やし家計の予備的貯蓄を減らす可能性が高い。財政政策の信頼性を高めるには、いくつかの重要な取り組みが必要である。

  • 現実的な成長予測と財政予測を採用する。全要素生産性(TFP)と公的支出の伸びについて現実的な想定をすることで、政策を現実的な文脈の中でとらえられるようになる。
  • 高齢化のコストを考慮する。高齢化に伴うコストを継続的に評価し、マクロ財政予測に反映させることは重要である。IMFスタッフのシナリオでは、高齢化のコストをまかなうためには、消費税率を2030年までに15%に、2050年までに20%に段階的に引き上げる必要がある。調整を先送りするコストは莫大であり、現在の高齢者に恩恵をもたらす一方、将来世代に不利益をもたらす。
  • 再分配効果を強化する。日本のキャピタルゲイン課税(配当や利子も含めた金融所得課税の一部)は一律20%であり、家計の金融投資を促すための免除が一部設けられている。キャピタルゲイン税率は2022年以降、段階的に30%に引き上げるべきである。あるいは富裕税の再導入を検討してもよい。控除をゼロあるいはきわめて少なくし、基準値を高く、税率を低く一律とする新たな富裕税を導入することで、行政コストを最小化しつつ資本逃避を抑え、同時に格差是正や相当な税収増も達成できる。
  • 炭素税を引き上げる。エネルギー使用の抑制やクリーンなエネルギー源への移行を促すインセンティブを強化するため、炭素税の引き上げを検討すべきである。その際には脆弱な世帯への支援策も合わせて考慮する。
  • 予算枠組みの透明性を改善する。政府は政策の不透明感を抑え、マクロ経済的な需要下支え効果を高めるためにも、補正予算の頻度と規模を制限すべきである。

    社会保障制度改革は財政健全化に向けて不可欠な第2の柱である。年金、医療、介護支出の重要な改革なしに、財政の持続可能性は実現不可能だろう。2020年半ばまでに包括的な改革案をまとめるという政府の計画は歓迎すべきものであり、以下の要素を含めるべきである。

     

  • 年金:最近の予測では、政府が約束した所得代替率(50%)を維持すると、慎重なシナリオの下では資金ギャップが生じることが示されている。改革は、年金制度の持続可能性と世代間の公平性を改善することに焦点を合わせるべきである。政策の選択肢となりうるのは、年金の受給に関する柔軟性の向上、年金保険料を負担する層の拡大だ。
  • 医療と介護:人口の高齢化と、高度かつ高額な医療技術の使用に伴い、医療費は一貫して上昇を続ける見込みであり、日本の財政の持続可能性に重大な課題を突きつけている。改革は(1)例えば後発医薬品の使用拡大、入院・外来患者の診療の合理化などによる効率の改善、(2)貧困世帯への保護措置を講じつつ、75歳以上の高齢者や富裕な高齢者の自己負担割合の引き上げ、(3)公的保険の対象となる医療行為や医薬品の範囲縮小の3点に注力すべきである。介護については、当局は要介護度の低い利用者へのサービスの合理化など、コスト抑制策を検討すべきである。

    金融政策と財政政策の連携の有効性を高めることは、経済活性化と2%物価目標の達成のために、また、将来的には経済環境の変化や新たなショックの可能性に備えるためにも、依然として優先度の高い課題である。そのような連携の基盤は、20131月の財務省、内閣府、日銀の共同声明によって確立された。そこでは経済財政諮問会議によるマクロ経済政策運営の状況に関する定期的な検証をはじめ、経済活性化と2%物価目標達成に向けた連携の方策が示された。こうしたメカニズムを最大限活用し、成長とリフレーションという相互に補強しあう目標に向けて財政政策と金融政策が力を合わせるべきである。

    構造改革

    日本の人口動態がもたらす逆風に立ち向かうためには、構造改革が欠かせない。高齢化と人口減少は生産性と成長を押し下げ、実質GDPの縮小につながる。IMFの分析では現在の政策を続ければ、40年後には人口動態の悪化によって実質GDP25%低下する可能性が示されている(近年の経済状況が維持されるシナリオと比べた場合)。以下に挙げる構造改革をしっかりと実施したうえで、金融緩和スタンスを維持し、さらに公的債務の安定化を実現すれば、人口動態の影響の大部分は相殺され、実質GDPは同期間に最大15%押し上げる可能性がある。構造改革計画に対する政府の高いレベルのコミットメントは、信頼感が消費と投資に及ぼす効果を通じて、リフレーションを支える鍵となるだろう。改革のテーマには以下が含まれる。

  • 労働市場改革:当局は2018年の働き方改革を改善して生産性と賃金を高めるとともに、労働力の供給をさらに増やすための施策を導入すべきである。
  • 規制改革および企業改革:生産性向上と投資活性化に向けて、財部門やサービス部門の規制緩和、中小企業改革、そして企業のガバナンス改革を推進すべきである。機械による自動化と人工知能(AI)をより広範囲で採用することも生産性向上につながる可能性があるが、その恩恵が幅広い職業や地域に等しく届くように、分配にかかわる問題を検討する必要がある。
  • 貿易自由化と海外直接投資の推進:高水準の多国間貿易合意を通じて関税障壁および非関税障壁の撤廃をさらに進めることは、日本の投資と成長を後押しするだろう。

対外ポジションと波及効果

2018年の対外経常黒字は対GDP比で0.6%ポイント低下して3.5%となったが、所得収支は依然として安定している。日本の所得収支黒字は、巨額の対外純資産と純リターンの高さから生じており、それが2018年の経常黒字の大部分を占めていた。日本の所得収支黒字は、他のG7諸国と比べて相当に大きかった。主な理由は(1)海外資産の利回りが比較的高い、(2)対内直接投資および債券投資が比較的少ない、(3)対内債券投資の利回りが比較的低いことである。エネルギー価格の上昇が、2018年の経常黒字縮小にとって主要因であり、財貿易黒字は対GDP比で0.2%へと縮小した。20199月までで、2018年末と比べて実質実効為替レートで5%の円高が進んだ。世界的なリスク回避の動きと主要中央銀行の金融政策スタンスの変化を反映して、市場の変動率は依然として大きい。2019年の経常収支見通しは、中期的ファンダメンタルズと望ましい政策と概ね整合的な水準にあると暫定的に評価されている。この経常収支評価に基づき、2019年の実質為替レートも、ファンダメンタルズと望ましい政策と整合的な実質為替レートの水準にあると暫定的に評価されている。

日本の成長鈍化あるいは金融環境のタイト化は、国外に対して大きな負の波及効果を及ぼすおそれがある。日本の対外波及効果の規模は徐々に縮小してきたが、IMFの推計では日本のGDP1%減少すると、他のアジア諸国の産出量は1年後、平均で約0.2%減少する。それに加えて、将来予想される日本の金融環境のタイト化により、日本の対外証券投資や海外直接投資、日本の機関投資家が行う海外投資の多様化によるプラスの波及効果が減速する可能性がある。これは世界的な金融環境の悪化をもたらしかねず、グローバルな資本フローに悪影響が及ぶ可能性もある。特に地域内の新興市場国や発展途上国への影響は大きいだろう。

多国間主義のさらなる進展は、世界的な貿易紛争の激化や円高による日本国内への負の波及効果の軽減に役立つだろう。他の主要国の中央銀行が一段と緩和的な金融スタンスをとり、それに加えて貿易面や地政学面の緊張によって世界的な不確実性が高まれば、円高が進む可能性があり、それは日銀のリフレーションへの取り組みにとって打撃となる。日本の貿易や直接投資の体制は比較的開放的である。他方、農業はG20諸国の中で比較的開放的でないとされている。しかし、世界的な貿易の緊張の継続やさらなる激化は、グローバルなバリューチェーンからの直接的および間接的影響や、日本の金融部門への負の波及効果などにより、日本の純輸出、投資、成長を抑える可能性がある。

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