IMF サーベイ・マガジン : 潜在GDPの低下:新たな現実
2015年4月7日
- 世界金融危機以降、低下した潜在成長率
- 落ち込みは、高齢化並びに資本と生産性の低下を反映
- 生産性を押し上げ資本の成長を促進し高齢化の影響を相殺するには、政策措置が不可欠
世界金融危機の発生以来、多くの国や地域が生産能力の伸びの低下という問題に直面している。国際通貨基金(IMF)の最新の研究によると、これは将来の生活水準の向上のペースが減速する可能性もあることを示唆している。
WEO分析
世界金融危機の間に世界の成長率は急激に落ち込んだが、IMFが2015年4月の「世界経済見通し」で発表した最新の研究によると、この減速の大部分が多くの国や地域で見られる「速度制限」の引き下げによるところが大きい。経済の速度制限-潜在成長率-は、インフレ率を上げることなく財とサービスの生産をどれほど速く拡大できるかを決定する。
この研究が示す証拠によると、イノベーションを刺激し生産資本への投資を促進するとともに、高齢化の負の影響を相殺するための政策措置を講じなかった場合、各国は、速度制限が引き下げられた新たな現実にあわせ調整する必要がでてくるだろう。
潜在GDP:分析
潜在GDPは、一国が安定したインフレで維持できる生産能力の評価である。これは、労働投入量と資本投入量という生産の二つの要素の供給と、どれほど生産的にこれらが活用されるかによる。潜在GDPが上昇するためには、これらの要因の供給或いは生産性が成長しなければならない。
世界金融危機後、多くの国や地域が潜在成長率のひとつもしくは複数のこうした重要な要素の、成長の減速を経験してきた(図1)。先進国・地域の潜在成長率の低下は、資本の蓄積と労働力(主に負の人口動態による)の伸びの減速がそれぞれ同程度影響している。新興市場国・地域では、低下の大半は、生産性の伸びの減速による。
今後:何が起こるか。
経済環境が改善し経済活動が回復するなか、投資の成長が好転し多くの先進国・地域で生産資本の伸びの段階的な回復をうながすだろう。しかし、労働力の見通しは厳しさを増している。図2が示すように、多くの先進及び新興市場国・地域で、高齢化が進み労働者が退職するなど、人口動態的要因が成長のブレーキとなる可能性が高い。
生産性の伸びは、現行の政策の下では好転するとは考えられない。新興市場国・地域では、これまでの技術の改善と教育水準の向上により、先進国・地域とのギャップを縮めることができた。これら分野で一層の改善を図ることで、成長を強化することができるものの、教育とイノベーションへの利益は、こうした国や地域が技術フロンティアから程遠いところに位置していた当初ほど大きくはないだろう。これは、こうした国や地域の今後の生産性の成長が弱いことを示している。
一方、先進国・地域の生産性の伸び率は直近に近い水準を今後も維持するだろう。しかし、例外的な情報通信技術(ICT)ブームによる1990年代後半から2000年代初めの拡大ペースの回復が望める可能性は低い。
総合すると、こうしたシナリオは、先進国・地域の潜在成長率は、危機以前の数字を下回る状態が続き、一方で新興市場国・地域では中期的にさらに減速する可能性が高いことを示している(図3)。
こうした分析結果は、今後生活水準の向上はより緩やかなペースで進む可能性があることを示唆している。加えて、税基盤の成長がより緩慢となると考えられることから、財政の持続可能性の維持がより難しくなるだろう。
速度制限を引き上げるための政策措置
しかし、楽観する余地もある。潜在GDPの今後の軌道が確定したわけではないからだ。しかし、行動を起こす必要がある。経済の制限速度を引き上げるためには、イノベーションを促し生産資本への投資を促進するとともに、高齢化のマイナスの影響を相殺するための政策が必要である。適切な政策ミックスは国により異なるだろうが、総括的な処方箋は処方することができる。
• 研究開発への支援の拡大により、イノベーションを促進し生産性を向上させることができる。これは、特許制度並びに税のインセンティブと補助金が十分でないところでは、前者を強化し十分に練った後者を導入することで実現することができる。
• 労働者の生産性は、教育の質を向上し中等教育レベルや高等教育レベルを強化することで拡大することができる。
• 一部の新興市場国・地域で生産を抑制しているボトルネックは、インフラ支出の拡大で解消することができる。
• 一部の国には、ビジネス環境を改善し製品市場の機能を向上する余地がある。
• 女性や高齢者の労働力参加を促進させなければならない。これには、より優れた税制及び歳出政策が必要となる国や地域もあろう。
• 投資と資本の伸びを押し上げるため、金融政策、そして可能なところでは財政政策による需要の下支えが、一部の国や地域で引き続き重要である。