世界貿易に必要なのは供給の多様性の低下ではなく促進

貿易相手国がより厳格なロックダウンを実施した国では輸入がより大幅に落ち込んだ。貿易フローは調整されたが、グローバル・バリューチェーンの多様化を進めることで将来のショックの影響を緩和できる可能性がある。

パンデミックが引き起こした需給ショックは貿易の劇的な縮小につながると見られたが、過去の世界的危機時に比べて国際的な商業制度のレジリエンスが高いことが明らかになっている。

財貿易は2020年第2四半期に大幅に落ち込んだものの、同年末までにはパンデミック以前の水準に回復した。サービス貿易(観光など)に関しては、2020年の落ち込みは財よりも深刻となり、一部の国で感染拡大防止のための制限措置が継続していることを受けて回復もより鈍い。

国際的な波及効果

パンデミックに特有の要因がこうした貿易パターンを説明する助けとなる。 

第一に、2020年には財の輸入が需要(と相対価格)のみから予測される水準を上回った。そのことは、厳格なロックダウンが実施された国や深刻な感染拡大が見られた国で一層顕著であった。

第二に、ロックダウンは意図的ではないとしても重大な国際的波及効果をもたらした。貿易相手国がより厳格なロックダウンを実施した国では、財の輸入の落ち込みがより大きかった。概して、2020年上半期に見られた輸入減少の最大60%が貿易相手国におけるロックダウンによって説明される。こうした影響は、グローバル・バリューチェーンに大きく依存し、(エレクトロニクス産業のように)生産過程のより下流に位置する産業でより大きかった。

Spring 2022 WEO Chapter 4 Chart 1 Japanese

しかしながら、そうした影響は長続きせず、グローバル・サプライチェーンが強靭であったことを示唆している。さらに、リモートワークもロックダウンに伴う貿易への波及効果を緩和した。

それでも、パンデミックがもたらした混乱によって、財の国内生産の拡大(リショアリング)を求める声が高まった。最新の「世界経済見通し(WEO)」では、グローバル・バリューチェーンを解体することが正解なのではないことを示している。多様化の後退ではなく進展がレジリエンスを高めることになるのだ。

グローバル・バリューチェーンの適応

貿易のデータがそれを裏付けている。早期に新型コロナウイルスの打撃を受けたものの、その後、(多くの欧州諸国が厳格な移動制限を課す一方で)何とか感染を封じ込められたアジア諸国は、2020年半ばまでに、グローバル・バリューチェーン関連製品における市場シェアを欧州で4.6%ポイント、北米で2.3%ポイントそれぞれ拡大させることになった。こうしたシェア拡大は歴史的な基準に照らして大幅かつ急速なものであったが、各国がパンデミックに適応するのに応じて部分的に巻き戻しが見られており、こうした変化がおそらく一時的なものであったことを示唆している。

Spring 2022 WEO Chapter 4 Chart 2 Japanese

グローバル・バリューチェーンは適応しているが、自動車をはじめとする一部の産業は大規模な供給の混乱に直面しており、レジリエンスを高める必要性を示している。われわれは、サプライチェーンのレジリエンスを構築する方途として、各国間での原材料調達の多様化と原材料の代替可能性の向上という2つの選択肢について分析を行った。

貿易のレジリエンスを高める

われわれは、世界経済モデルにおいて混乱がもたらす影響のシミュレーションを行い、その結果を多様化の度合いが増した場合と、代替可能性(生産者が原材料の仕入れ先をある国のサプライヤーから別のサプライヤーへといかに容易に切り替えうるか)が高まった場合について比較した。  その際、ひとつの大規模な原材料供給国における供給混乱と、複数の国における供給ショックという2つのシナリオを検討の対象とした。

われわれの分析は、多様化によって供給の混乱に伴う世界的な経済損失が大幅に低減されることを示している。ひとつの大規模な世界的供給国で労働供給が大幅に(25%)減少すると、平均的な国のGDPはベースラインを0.8%下回る。多様化が進んだシナリオにおいては、この下落幅はほぼ半分となる。

多様化の度合いが高まると、複数の国が供給ショックに見舞われた際のボラティリティも抑制される。われわれの試算によれば、このシナリオの下では、平均的な国の経済成長のボラティリティが約5%低下する。しかしながら、パンデミックの最初の4か月間のように、すべての国が同時に大規模な混乱の影響を受ける場合には、多様化はほとんど防御にならない。

各国は、より多くの中間財を外国から調達することによって多様化を進めることが可能である。現在、中間財の調達に関しては顕著な「ホームバイアス」が見られる。例えば、西半球の企業は、中間財の82%を国内で調達している。したがって、生産のリショアリングが起これば、多様化の度合いがさらに低下することになるだろう。

代替可能性は2つの方法で実現することができる。すなわち、電気自動車メーカーのテスラ社が半導体不足への対応として自社製の車両で代替の半導体を利用できるようにソフトウェアを書き換えた例のように、生産の柔軟性を高めるか、あるいは原材料を国際的に規格化することである。例えばゼネラル・モーターズ社は、半導体サプライヤーと協力して、同社が使用している独自チップの数を95%削減して3系統のマイクロコントローラーに集約すべく取り組んでいると最近発表した。こうした規格化によって多くのチップが置き換えられ、チップ間の代替コストを削減できるだろう。

ここでも大規模な世界的中間財供給国で労働供給が25%減少するというシナリオについて検討したところ、代替可能性が高まると(供給国以外の)すべての国でGDP損失が約5分の4低減されることがわかった。

政策的含意

ワクチンと治療法に対する公平なアクセスを確保することが依然として最優先の政策課題である。中国で最近実施された対象を絞ったロックダウンは、パンデミック関連の制限措置が引き続き当事国以外にも広く影響を及ぼしていることを改めて浮き彫りにしている。あらゆる場所でパンデミックの急性期に終止符を打つことは、ワクチン接種率が高い国も含めてすべての国の自己利益に適うものである。

ウクライナでの戦争を受け世界経済の分断がますます懸念される中、また、サプライチェーンを同盟国内に収める「フレンドショアリング」の動きが見られる中、われわれの分析では、原材料調達の多様化と代替可能性を促進することがレジリエンスの向上を可能にすることも明らかになっている。グローバル・バリューチェーンの将来のレジリエンスは主に企業の決定によって規定されることになる一方、政府の政策にも良好な環境の整備やコストの引き下げを通じて貢献する余地がある。

ひとつ明らかな領域として、インフラの改善がある。パンデミックによって、貿易ロジスティクスに関連した供給の混乱を緩和するためには特定の分野におけるインフラ投資が非常に重要であることが判明している。例えば、世界の主要な海運航路上の港湾インフラを更新・近代化することは、世界的な物流ボトルネックを解消するのに資するだろう。テレワークを容易にするためのデジタルインフラの改善も、他国への波及効果を緩和する助けとなりうる。

各国政府は、企業がより戦略的な決定を行えるように、情報がより広く利用可能になるよう貢献することもできる。例えば、自動車メーカーは平均して約250社の一次サプライヤーと直接取引を行っているが、バリューチェーン全体ではサプライヤーの数は1万8,000社に上る。各企業の納税申告書等の書類提出をデジタル化するなどして企業間取引やサプライチェーン・ネットワークに関する情報へのアクセスを改善することは、リソースが少ないより小規模の企業にとって特に有用となりうる。

最後に、貿易コストの削減は原材料調達の多様化に貢献しうる。非関税障壁は削減の余地があり、それは特に新興市場国と低所得途上国にとって中期的な景気浮揚効果を大きくもたらすことになるだろう。さらに、貿易政策の不確実性を低減し、開放的かつ安定的でルールに基づく貿易政策制度を整備することは、多様化の進展を支援しうる。

本ブログ記事は、2022年4月「世界経済見通し(WEO)」の第4章「パンデミック下の世界貿易とバリューチェーン」に基づいており、ゲーレン・シャーおよび藍婷がシェーカル・アイヤールの指導の下にシャン・チェンおよびブライアン・ゾウ、黄悠悠、イルセ・ペイルトセガーレの支援を受けて行った研究を含んでいる。本分析はロシアによるウクライナ侵攻に先立つ2022年初頭に完了したものであり、当該戦争の世界貿易およびバリューチェーンに対する影響には焦点を当てていない。

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ダビデ・マラクリーノIMF調査局のエコノミスト。調査局の前には欧州局でユーロ圏を担当したほか、短期間、アイスランド担当も務めた。労働経済学と家計について収入ダイナミクス、所得と富の格差、起業家精神に焦点を当てて研究してきた。スタンフォード大学で経済学博士号を取得。

 

アディル・モホマドIMF調査局のエコノミスト。以前には、インド、オーストラリア、ニュージーランド、ネパール、ブータン、ツバルを含むIMFの数多くのカントリーチームでエコノミストを務めた。これまでに財政改革、制度と成長、労働市場、貿易などについて研究を行ってきた。メリーランド大学で経済学博士号を、インド・デリー大学デリー・スクール・オブ・エコノミクスで経済学修士号を取得。

 

アンドレア・プレスビテロIMF調査局のシニアエコノミスト。経済政策研究センター(CEPR)国際マクロ経済学・金融プログラムのリサーチフェロー、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)ヨーロッパ校のアソシエイト・フェローも務めている。過去にマルケ工科大学で助教授を、SAISで経済学の准教授を務めた。金融仲介、銀行論、開発金融、ソブリン債を主な研究分野としている。IMF Economic Review」、「Economia (LACEA)」、「Journal of Financial Stability」の編集委員。研究業績は次のリンクを参照。https://sites.google.com/site/presbitero/

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