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コロナ後の世界における財政政策

ヴィトール・ガスパール   ギータ・ゴピナート 著

新型コロナウイルスの世界的な流行が続いている結果、過去に例を見ない財政政策対応が現在までに講じられており、その規模は世界全体で11兆ドルに迫っている。しかし、感染者数と死亡者数が急増し続ける中、政策担当者は今後も公衆衛生上の対応を最優先事項としなければならない。それと同時に、景気を下支えする柔軟な財政政策を維持し、大きな経済変化に備える必要がある。

世界GDPの急激な落ち込みを受けて、医療能力を増強し、家計所得の減少を代替し、倒産の広がりを防止するために、大規模な財政対応が必要となっている。しかし、こうした政策対応に伴い、世界全体の公的債務水準は対GDP比で100%を超えて過去最高に達しており、第二次世界大戦後のピークをも上回っている。

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50以上の代表的なサンプル国を対象とする「財政モニター」の国別新型コロナ対応財政措置データベースによれば、これまでに世界で行われている財政支援は、納税猶予や現金給付など歳出・歳入に直接影響があるいわゆる真水の対策と、公的部門による融資や資本注入、政府保証など予算外の支援とがほぼ半分ずつとなっている。

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「大封鎖」後の活動再開時における財政政策

私たちはまだ危機を脱したわけではなく、財政措置は今後も必要である。多くの国が「大封鎖」からの脱出を試みているとはいえ、保健危機への解決策がない中で、景気回復の行方には依然として大きな不確実性がある。

引き続き公衆衛生が最優先事項となる。保健リスクを軽減する政策は、景況感と信頼の回復に大いにつながり、経済活動と雇用を後押しし、財政の負担を減らすことになる。そして将来的には、感染拡大防止措置を早期に対象を絞って実施することによって、全国的なロックダウンに比べて経済・財政コストを大幅に抑えることが可能となる。流行の発生を監視して迅速に対応し、新たな感染の波が来ても対処可能であるという安心感を人々に与えるためには、保健と社会・経済的影響に関する正確かつタイムリーで包括的なデータが必要不可欠である。

第二に、危機からの安全かつ持続的な脱却が確かなものとなるまでは、財政政策は景気を下支えし柔軟であり続ける必要がある。悪化シナリオの下では公的債務の軌道がさらに上方にシフトする可能性もあるが、当初の予定よりも早く財政の引き締めに転じることは景気回復の腰折れリスクを高め、将来の財政コストを増加させることになる。政策担当者は、感染の再流行に伴う保健・経済・財政面でのリスクを管理するために、柔軟な調整が可能な緊急対応計画を準備しておかなければならない。対象を絞った支援提供の遅れを防ぐ上では、新世代の自動安定化装置が必要となりうる。

第三に、今回の危機は大きな変化をもたらすものとなる。危機によって破壊された雇用の多くは、おそらく戻ってこないだろう。航空業など縮小が続く可能性がある部門から、デジタルサービスのような拡大し続ける部門へと資源の移動を促進することが必要となる。人々が部門の垣根を越えて再訓練を受けたり再配置されたりするのに応じて、支援は雇用の維持から人への支援に移行すべきである。流動性は不足しているが支払い能力はある企業と、支払い不能に陥った企業を区別することが必要となる。各国政府は、転換社債を活用したり、戦略的でシステム上重要な企業を対象に資本注入(さらには一時国有化)を行ったりして、さらなる対策を講じることができる。多くの国では、過剰債務問題を解決し、経済に長期にわたる爪痕が残らないようにすべく、法的メカニズムの改善に向けて迅速かつ断固たる行動をとることも必要となるだろう。

持続可能な債務水準の維持

財政政策による支援の継続が必要なことは明らかだ。しかし、どうすれば債務の持続可能性を損なわずに支援費用を各国が確保できるかという問題が提起される。20201月の「世界経済見通し(WEO)」における予測と比べて、2020年の財政赤字は先進国では5倍以上に拡大し、新興市場国でも倍以上になると見られている。その結果、公的債務の対GDP比も先進国と新興市場国でそれぞれ26ポイント増、7ポイント増と異例の急増となる。

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危機によって予備的貯蓄が増加し投資需要が低迷する中、借入コストは歴史的に低い水準にあり、今後も長くその状態が続くと予測されているため、各国政府はその恩恵を受けることになる。さらに、各国経済が当面は潜在力を下回って機能することが予測されており、物価上昇圧力は低いまま推移し、中央銀行が金利を引き上げる必要性も低いままとなる。公的債務は、低金利と景気の力強い回復というベースライン予測を背景として、(米国と中国を除き)2021年には安定化すると見られる。

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それでもなお、注意が必要だ。債務水準と資金調達能力に関しては国によって大きな違いがあり、見通しは高い不確実性を伴っている。とりわけ新興市場国とフロンティア市場国にとっては、3月に見られたように、借入コストが急上昇する可能性がある。今回の危機が発生した時点ですでに債務水準が高く成長率が低かった国では、持続可能な財政収支の回復に向けた道筋を確実にすることも重要となる。各国政府は、租税回避の最小化や一部のケースにおける累進課税の強化、カーボンプライシング、支出の効率性向上(化石燃料補助金の廃止等)などを通じて、歳入確保の改善に基づく信頼に足る中期計画を実行することが必要となる。いかなる計画についても透明なコミュニケーションを行うことが、過渡期にあるソブリン債市場の潜在的なボラティリティを抑制する上で有用となる。さらに、国際機関は国際流動性へのアクセスが市場の自己実現的なパニックによって寸断されないようにしなければならない。

国際社会はまた、医療システムを支えライフラインを維持するための財源を欠く低所得途上国が、譲許的融資や場合によっては贈与にアクセスできるようにする必要もある。すでに72か国がIMFの緊急支援を受けているが、さらに多くの二国間・多国間支援が必要となるだろう。そして、より貧しい国に対しては、G20の債務返済猶予イニシアティブを含め、債務救済の継続が必要となりうる。

新型コロナ後の財政政策

新型コロナウイルスに対する有効なワクチンと治療法が広く利用可能となった際に私たちはコロナ後の世界へと足を踏み入れ、「大封鎖」から真に脱することになる。それは、国際的な連帯によって先進国でも発展途上国でもすべての人が治療とワクチンにアクセスできるようになって初めて可能となる。その段階になると、各国政府は強靭かつ持続可能で包摂的な成長へと財政政策の舵を切る必要が生じる。

政策担当者は貧困と格差の拡大に対処するとともに、危機によって露呈した構造的な脆弱性に取り組み、将来のショックへの備えを固めなければならない。それには、医療制度の強化や、社会的セーフティネットとデジタル化により多くの資源を充当することも含まれる。各国当局は、よりグリーンで雇用を潤沢に生み出すイノベーション主導型の成長を促進するような、気候に配慮した投資を積極的に支援すべきである。財政政策は、医療と教育への普遍的アクセスを目的とする支出や累進税制を通じて、格差にも対処する必要がある。

確信を持って新型コロナ後の世界がどのような姿になるかを予測することはできない。確かなのは、根本的な変化が生じるということだ。将来がどのようなものになるにしろ、構造変革を促進し、格差に対処し、よりグリーンな未来への移行を支援する柔軟な財政政策が必要となることに変わりはない。

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ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。20112013年にはポルトガル政府の財務大臣。20072010年に欧州委員会の欧州政策顧問局長、19982004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。

ギータ・ゴピナートIMF経済顧問兼調査局長。ハーバード大学経済学部を公職就任のため休職中。同大学では国際学と経済学のジョン・ズワンストラ教授を務めている。国際金融とマクロ経済学を中心に研究を行い、経済学の代表的な学術誌の多くに論文を発表している。為替相場や貿易・投資、国際金融危機、金融政策、債務、新興市場国危機に関する研究論文を多数執筆。

最新の『Handbook of International Economics』の共同編集者であり、『The American Economic Review』の共同編集者や『The Review of Economic Studies』の編集長を務めた経験もある。それ以前には、全米経済研究所(NBER)にて国際金融とマクロ経済学プログラムの共同ディレクター、ボストン連邦準備銀行の客員研究員、ニューヨーク連邦準備銀行の経済諮問委員会メンバーなどを歴任した。2016年から2018年はインド南西端ケララ州の州首相経済顧問。G20関連問題に関するインド財務省賢人諮問グループのメンバーも務めた。

アメリカ芸術科学アカデミーと計量経済学会のフェローにも選出。ワシントン大学より顕著な業績を上げた卒業生に贈られるDistinguished Alumnus Awardを受賞。2019年にフォーリン・ポリシー誌が選ぶ「世界の頭脳100」に選出された。また、2014年にはIMFにより45歳未満の優れたエコノミスト25名の1人に、2011年には世界経済フォーラムによりヤング・グローバル・リーダー(YGL)に選ばれた。インド政府が在外インド人に授与する最高の栄誉であるプラヴァシ・バラティヤ・サンマン賞を受賞。シカゴ大学ブース経営大学院の経済学助教授を経て、2005年よりハーバード大学にて教鞭を執っている。

1971年にインドで生まれ、現在はアメリカ市民と海外インド市民である。デリー大学で経済学学士号を、デリー・スクール・オブ・エコノミクスとワシントン大学の両校で修士号を取得後、2001年にプリンストン大学で経済学博士号を取得。

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