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新型コロナウイルス被害を抑える財政政策

ヴィトール・ガスパール   林衛基   メディ・ライシ 著

パンデミックに際しては、人命を救い人々を守る上で財政政策が重要となる。各国政府は、必要なことは何でも行うべきである。しかし、領収書は必ずとっておかなければならない。

今回の「財政モニター」では、人命を救い、人々を失業や所得減少から守り、企業倒産を防ぎ、回復を可能にするために、政策当局者がどのように緊急のライフラインを供給できるか示している。

これまでに各国は、パンデミック(感染症の世界的流行)と経済への打撃を抑えるために、約8兆ドルに上る財政措置を講じている。

世界で供給されている緊急のライフラインには、歳出の増加と歳入の逸失(3.3兆ドル)、公的部門による融資と資本注入(1.8兆ドル)、保証(2.7兆ドル)などがある。G20の先進国や新興市場国が最前線に立っており、総額で7兆ドルの措置を講じている。財政支援は自動安定化装置によっても提供されている。自動安定化装置とは即ち、累進課税や失業給付のように、所得と消費を安定化させる働きを持つ税制や給付制度の特徴である。

IMF

守るべきルール

各国が従うべき基本原則が3つある。

  • 基本的な財・サービスを利用し最低限の生活水準を維持できるよう保証すべく家計支援の対象を絞る。危機が永続的な爪痕を残さないようにする観点から、解雇と倒産を抑制すべく存続可能な企業に支援の対象を設定する。
  • 財源を時限的かつ効率的に充当し、費用を複数年次の財政報告書に反映させる。各国政府は、介入の規模に見合うかたちで、良い統治(グッド・ガバナンス)の原則を強化しなければならない。それには例えば、正確な会計、頻繁かつタイムリーで完全な情報開示、事後評価と説明責任を可能にする手続きの採用などが含まれる必要がある。端的に言えば、政策当局者は必要なことは何でも行うべきであるが、必ず領収書をとっておかなければならない。
  • 財政リスクの評価・監視・開示を行う。というのも、必ずしもすべての措置が財政赤字や債務残高にすぐに影響を与えるとは限らないからだ。例えば、企業融資を対象とする政府保証は初期費用を伴わないかもしれないが、将来的に企業が債務を履行できなくなれば、政府会計に影響が及ぶことになる。

    全体で命を救うための行動

    人命を救うために、各国政府は医療サービスや緊急サービスを強化するための財源について必要額を確保する必要がある。しかし、それは容易ではない。

  • 第一に、医療能力が限られている国では、リソースを十分に拡大できない。
  • 第二に、多くの新興市場国・発展途上国では借り入れに制約があるため、社会保障支出や運輸、エネルギー、通信といった特に重要な公共サービスを維持しつつ、医療セクターに支出を振り向けることが必要となる。

    全世界的に安価なワクチンや治療薬を実現し、また、援助や医療資源、緊急の譲許的融資を通じて医療能力の限られた国を支援する上では、世界的な連携が有用となる。ゲオルギエバIMF専務理事が最近のスピーチで述べたとおり、IMFには加盟国を支援するために1兆ドルの融資能力を駆使する準備があり、中でも低所得途上国に主眼を置いている。

    対象を絞った財政措置により生活を守る

    休校や飲食店・ショッピングセンターの閉店、オフィス・工場の閉鎖など、ウイルス感染拡大を遅らせるのに必要な社会的距離の確保は、必然的に経済的代償を伴う。人々や企業は、難局を切り抜けるために、大規模かつタイムリーで、対象を絞って時限的に行われる財政支援を必要としている。制度的かつ資金的な能力を有する国には、供給可能なライフラインの規模や対策の設計・種類に関して裁量の余地がある。

  • 先進国・地域では、強力な税制・給付制度があるため、人々や企業を支援するにあたって、歳出や租税、流動性の面で広範な手段を活用することができる。例えば米国やドイツでとられている対策の中には、自営業者も含めた失業給付の拡充、給与税の納税猶予、中小企業に対する賃金補助などがある。多くの労働者や小規模企業、自営業者が請求書の支払いや債務の返済、人々の雇用継続のために苦闘している。彼らを助けるべく、欧州のいくつかの国では、低利融資や保証といった流動性ライフラインを供給している。フランスや日本では、体調がすぐれない人や自主隔離中の人、あるいは休校中の子どもの世話をするために自宅にいる必要がある人を対象に、政府が負担する病気休暇や家族休暇を提供している。
  • 新興市場国と発展途上国では、概して対応のための予算にあまり余裕がない。こうした国々は、パンデミックの他に、自国の財・サービスに対する外需の急減、一次産品価格の下落、資本逃避、金融市場における借入コストの増大といった複数のショックに直面している。また、税制・給付制度の整備も相対的に遅れている。

このようなケースでは、インドやケニアのように統一の国民識別番号制度やデジタル技術の力を借りた現金給付や、バングラデシュなどで行われているような食料や医薬品の現物支給が選択肢となりうる。中国では、最も影響を受けている人々や企業に対して一時的な減税を行っており、運輸や観光、ホスピタリティ産業などが対象業種となっている。付加価値税の全額還付を迅速に行うことにより、企業は必要性の大きい現金を確保することが可能となる。

広範囲にわたる財政刺激策によって回復の円滑化を図る

パンデミックが収束し、「大封鎖」が解除されるに従って、世界的に連携した広範囲にわたる財政刺激策が回復を促進する上で有効なツールとなりうる。連携により、政策行動の有効性が高まる。しかし同時に、資金調達能力の差を始めとして、各国間の重要な差異を尊重する必要がある。

パンデミックとそれに付随する「大封鎖」によって、財政赤字と債務残高が世界金融危機時を上回るかたちで拡大している。パンデミックが収束し、2021年に経済が回復すれば、公的債務比率はこれまでよりも高い新たな水準で安定すると見られている。「世界経済見通し(WEO)」の悪化シナリオが現実のものになれば、債務水準はさらに上昇し、債務のダイナミクスはさらに悪化するだろう。

私たちは、将来の回復のタイミングと環境を予測できるほど十分に状況を把握していない。しかし、緊急時にあって政策当局者に言えることは、必要なことはすべて行うべきだが領収書はとっておくように、ということである。

IMF

  

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ヴィトール・ガスパールは、ポルトガル国籍でIMF財政局長。IMFで勤務する前には、ポルトガル銀行で特別顧問など政策関連の要職を歴任。20112013年にはポルトガル政府の財務大臣。20072010年に欧州委員会の欧州政策顧問局長、19982004年に欧州中央銀行の調査局長を務めた。ノーバ・デ・リスボン大学で経済学博士号とポスト・ドクター学位を取得。また、ポルトガル・カトリカ大学でも学んだ。

 

林衛基は財政局のシニアエコノミスト。格差、政府間関係、財政ルールに関連する財政問題に現在は研究の焦点を当てている。過去にはアジア太平洋局の中国担当と日本担当のチームでそれぞれ勤務した。また、世界金融危機の際にはアイスランドに対するIMF融資プログラムに参加した。また、過去の研究では、財政や金融セクターの問題を取り上げた。カリフォルニア大学で経済学博士号を取得。

 

メディ・ライシIMF財政局のシニアエコノミスト。2010年からIMFで勤務を開始し、多国間サーベイランス(政策監視)の複数の問題について、また、イタリア、インド、メキシコなど一連の国々を対象に業務を行ってきた。ケンブリッジ大学で経済学博士号を取得。研究分野はマクロ計量経済モデル、マクロ経済と財政のつながり、政府債務の問題である。